これまで、幕末の「尊王攘夷」という思想について、明治維新で「攘夷」が姿を消したのは「西洋列強」との軍事力の差に基づく現実判断だったのだろうとは思っていた。尊王については、藩同士の利害関係が関係しているのだろうとは思っていた。
最近読んだ記事で、尊王とは朝廷を幕府に優先するという場合だけではなかったことを知った。
幕府もまた「家康=天祖」として同等だったからだ。確かに、家康は日光東照宮に神として祀られている。菅原道真のように祟りを恐れてあわてて祀ったようなケースとは違う。だから幕府の将軍の系譜は天皇家のように神の系譜なのだ。
以下、抜粋。
>>>そもそも曾澤の説く尊王攘夷には当然のこととして討慕と言う発想はありません。曾澤が尊王と言うとき実は二つの尊王が内包されているのです。
一つは朝廷(天皇。天朝)もう一つは幕府(家康。天祖)です。
天狗党があれほど幕府軍と戦いながらも「本当の幕府」と言う幻想を抱え、それが慶喜参りになったとしてもやむを得なかったとも言えます。
曾澤正志斎の尊王攘夷は思想、政治思想でしたが「鎮派」の曾澤と対立した「檄派」、天狗党のそれは思想、宗教思想なのです。人の行為、行動は過激になればなるほど宗教性を必要とするものなのではないでしょうか。<<< (記事の終わりにリンクあり)
「人の行動は過激になればなるほど宗教性を必要とする」のかも、というところにも、なるほどと思った。過激、というのは行動だけでなく、一般に膾炙している通念を断固として否定する場合にも言えるのかもしれない。その宗教性というのは特定の教義だの神だのへの帰属や従属ではなく、この世の既成秩序とは別の次元に信念や行動の拠り所を求めるというものなのだろう。
そして、特定の教義や神を拠り所にする場合も、理想論、イデオロギー、ナショナリズムなども宗教的熱狂に到達すると、本能的な自己保全の意識を、「大義に殉ずる」が圧倒する。
最終的に頼りになるのはやはり「識別知」なのだろう。