いつかナポレオン三世について書かなければと思っている。
ナポレオンは良くも悪くも、フランス革命後の混乱を乗り切って、法治主義、共和国主義を根付かせた天才だった。
彼はセントヘレナ島で客死したが、その後のフランスは、王政復古の後、七月革命、二月革命と、動乱が続き、ようやく第二共和政に至った。
その時に初めての「共和国大統領」に選挙で選ばれたのがナポレオンの甥ルイ・ナポレオンだ。
その後、あっさりと革命を起こして皇帝になって第二帝政を開く。
10年しか続かなかった第一帝政の二倍近くも君臨したのだ。
でもその割に、スパッと過小評価というか揶揄されてきた。
ナポレオンはオーストリア皇女だった妻と息子にあっさり離反される結果となったが、三世の方は、家族一緒にイギリスの亡命先で死んだ。
ナポレオンは遺体が「凱旋」してアンヴァリッドに今も祀られているけれど、三世の一家の遺体はイギリスに埋葬されたままだ。
フランス共和国の「神話」を語るためには必要不可欠の存在ではなかったということだ。
6月末にパリ12区に行った時、彼の妻「皇妃ウージェニー公園」に立ち寄った。
27歳で皇妃となり、44歳で亡命、その後なんと半世紀も生きている。