800年の歴史を持つシャルトル大聖堂についての本はフランス語だけでも3000冊も出ている。
それでも、どんどん「新しい秘密」が発掘されているというから驚きだ。大規模な清掃事業が始まっているからだ。堅牢なので補修、修復は必要ないそうだ。
最近ユネスコの文書にもまとめられた「発見」は西側の薔薇窓の一部にあったアラビア語の「神は唯一である」という文だ。アッラー以外に神はなしというやつだが、アッラーとはもちろんユダヤ=キリスト教と共通する天地創造の神だ。それをわざわざアラビア語でステンドグラスに残すというのは、12世紀の十字軍などのイメージとちがって一神教の一体化を標榜しているのが分かる。神聖ローマ帝国皇帝としてヨーロッパを統一したシャルルマーニュとダビデ王が仲良く並んでいる図柄もあり、ユダヤ教との一体化の意思も見える。十字軍はもともとアラブの虐殺などではなく、エルサレムへの巡礼路の復活を目指したものでその途中で起こったユダヤ人虐殺などもハプニングに近かった。
それだけではない。今も残る有名な床の迷宮図は、革命時に失われたが、その前はミノタウロスの図なども描かれていたことが知られている。つまり、一神教だけでなく、ギリシャ神話の世界にも開かれていて、まさに宗旨、諸教を超えた「平和」を希求する場所だったのだ。いわゆる「異教」をうかがわせるものもあるほどだ。
12,3世紀には24時間体制でミサが挙げられていたという。
第二次世界大戦の終わり、ノルマンディを経て勝利の凱旋へとパリ「解放」に向かう前日、ドゴール将軍はシャルトル大聖堂に来て祈った。1968年の五月革命の時も、五月末にシャルトルで祈った。
フランスの他のゴチック大聖堂の建設はどこでも完成までに200年くらいかかっているのに、シャルトル大聖堂はたった25年で完成している。当時の技術からいって奇跡としか言いようがなく、いかに人々の信仰心が篤かったを思わせる。しかもその後、大きな災害にも破壊にも会うことなく元のままの威容を誇っているのだ。
もう一つの特徴は、このノートルダム大聖堂にはカロリンガ朝が手に入れたという聖母のヴェールが祀られているのだが、大聖堂内に聖母の図像は100もあるのに、中世に流行ったキリストの「磔刑像」は二体しかないことだ。キリストの磔刑はこの世での「死」であり、「通過点」に過ぎないという考えからだそうだ。この大聖堂は、キリストの復活によって得られた永遠の生をキリストと協働して守る聖母の平和に捧げられているので、他の大聖堂と違って、墓がない。(多くの大聖堂は歴代の大司教や大貴族の墓が床やチャペルに組み込まれている。)
このブログにシャルトルの写真を載せたのはもう4年前。聖遺物についても書いているので興味ある人はどうぞ。