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L'art de croire             竹下節子ブログ

傷痍軍人

あるブログからのリンクで偶然1963年の大島渚によるドキュメンタリーを視聴した。


衝撃的だった。1963年の時点でこんな告発があったのに、その後ベトナム戦争やらへの反発などはあっても、在日韓国人傷痍軍人への不当な仕打ちに対する抗議の声を耳にした記憶がない。

母は、兄が「闇市」を見た記憶を持っているのに驚いた、と言っていたが、私は、闇市の記憶こそないが、駅の構内に数名で何か訴えている「傷痍軍人」は度々見たことがある。彼らのことを「傷痍軍人」というのも母から聞いた。
でも、彼らの多くが、軍人恩給をもらえない在日韓国人だったとはもちろん知らなかった。
それぞれの国のそれぞれの時代における地政学の違いは大きいし、旧「植民地」の問題は今もさまざまな議論の対象になっている。

日本とフランスはもちろん違うし、フランスの旧植民地との関係もいろいろと複雑で今も尾を引くし、とてもここで解説などできない。

それでも私がフランスに来てとても印象的だったエピソードを思い出す。
1947/7/19サイゴン生まれの女性の話だ。
フランスがベトナムの独立を承認したのは1949年だった。サイゴンの資産家の娘だった彼女は、フランス系ミッションスクールで学び、アメリカで学位、モントリオールで修士号をとり、1972年にフランス人と婚約したが、翌年サイゴンが陥落し両親や弟妹たちは亡命した。婚約者のフランス人は兵役代わりにカメルーンでの教職についたが、彼女は彼に同行し、カメルーンで結婚した。
それが可能になったのは、彼女のフランス国籍が回復されたからだ。
生まれた時に彼女は「フランス国籍」だった。その後ベトナムは独立して彼女もベトナム国籍、パスポートで生活していたわけだが、四半世紀前に「フランス人」として生まれたというだけで、申請したらすぐにフランスの国籍とパスポートが発行されたのだ。

日本と韓国、フランスとベトナムの関係は違うし、第二次大戦において日本の植民地が「解放」された後も、日本は「敗戦国」で米軍に占領されていた。フランスはドゴールらの自由フランスのおかげで何とか「戦勝国」だったという事情もあるし、植民地の歴史も事情も違う。レジスタンスや自由フランスに与してドイツ軍と戦った旧植民地のアフリカ兵は栄誉を与えられた。もちろんその後の独立戦争で様々な軋轢も生まれた。
それでも、いわゆる「人種」の違うベトナム人に、「フランス人」として生まれたからには、いつでもそのタイトルを回復できる、と即決だったフランスという国の筋の通し方に感心した(もちろんアルジェリアなど旧植民地からの移民問題などは今も深刻化しているのだが)。

大島渚のドキュメンタリーには、両眼失明の傷痍軍人が戦後に日本人女性(東京の空襲で失明した人だった)と結婚して二人の子供をもうけた、とある。
しかし、日本の国籍法は1985年まで、日本人の父親から生まれた子供にのみ日本国籍を与えるとなっていた。まさに、在日韓国人、在日中国人と日本人女性の子供を日本人と認めないためだった。
これは男女平等を掲げる日本国憲法に明らかに違反するものだ。
その国籍法を憲法違反として訴えたのは、在日韓国人ではなく、フランス人ギタリストのクロード・チアリだった。

大島渚のドキュメンタリーを見る限り、戦後18年経った高度成長下の日本でも、日本人と結婚している傷痍軍人の家庭が「生活保護」を受けているようではない。
「皇軍」として戦ったのに、敗戦したから何の栄誉も与えられなかった。
フランスにとってのベトナム人やアフリカ人と違って、見た目は同じ東アジア人である在日韓国人や朝鮮人、彼らと日本人女性との間の子供を含めて、「仲間外れ」にしてきた日本が、少し前に「大東亜共栄」を謳っていたとは、いったい何だったのだろう。

ちなみに、上述した出生時にフランス国籍を「回復」したベトナム女性は冷戦終結後、ベトナムのパスポートも取得した。彼女の一人息子はカナダ人女性とイギリスで結婚、NYで生まれた彼らの子供はアメリカとカナダとフランスの三つの国籍を持っている。

大島渚のドキュメンタリーからちょうど60年経った。

この人たち、彼らの子供たちは、その後どう生きたのだろう。





by mariastella | 2023-09-05 00:05 | 歴史
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