ボーヴォワールのドキュメンタリーを観て その2 老い
ボーヴォワールには、「老い」という本もあるが、もともと、「老い」について恐怖を抱いていたんだなあ、と思う。しかも、老いと「老ける」が一体になった恐怖みたいだった。彼女の自伝のどこかで、ある日町を歩いてショーウィンドーに移った初老の女の姿を見て愕然とした、みたいなことを書いていたのが印象に残っていたが、その時は確かまだ50代、「老い」のついての本も60代初めのものだ。
今思うと、この人って、すごく「外見」を気にしていたのだなあと気の毒になる。 美男とは言えないサルトルの知性に惚れてずっと一緒にいたんだし、21歳で哲学のアグレガシオン(一度失敗したサルトルは彼女より三歳年上で、同時に合格。一、二位を占めた)に合格するくらいだからそんなに「見た目」の人だとは思わなかった。 でも、いつも、自分の育った保守的な環境と戦っていたので、自意識過剰も無理がなかったのか…。 しかも、保守的なブルジョワ家庭の長女(男兄弟がいない)で、父親の期待に応えて勉強し、母の期待に応えてカトリックのモラルを叩き込まれ、それらすべての反動も込みで、経済的な自立の下での「自由」を謳歌していたのに、「戦争」という大きな運命に巻き込まれた。この世代の人と、私の世代のフランス人や日本人との違いは決定的に大きい。 それでも、私は今、ボーヴォワールがサルトルに先立たれた年になったことで見えてくるものがある。 父や母についてもそうだけれど、自分の若い頃に「年上、年寄り」だった人が戻ってくることはないけれど、こちらが彼らを想起する中で「同輩」になることができる。 逆に、自分より若い人については、自分がその年だった時のことを想起できるので、理解しやすい。 つまり、年取るということは、どんどん「同輩」が増えていくということでなんて素晴らしいんだろう、と思う。 とはいっても、今でも、今年百歳になる友人のオディールや90代半ばの友人たちのことを思うと、やはり一世代近い「年の差」の前で未知なこと、遠慮もあるし、果たして自分は彼ら彼女らの年まで生きているのか、彼ら彼女らと同じように頭脳明晰でいられるのか、という漠然とした距離感を覚える。それが自然であり当然でもある敬意につながるのだけれど、その「未知」の幅はこちらが年をとるごとに狭まってくる。 いまや、サルトルもボーヴォワールも、同年代の仲間という感じで見ることのできるのは楽しくもある。(逆に天才的な業績を残して夭折した人たちにはこちらの親近感を寄せ付けないところがあるのだけれど。) (最近、南方熊楠と柳田國男の書簡集を読んでいて、感慨を覚えたことがある。私の高校時代からのヒーローだった南方のイメージは、長くイギリスにいた国際人でその後は田辺に隠棲しながら研究し続けた超人だったのだ。今思うと彼は、アメリカに6年、イギリスに8年しかいずに、30代半ばで帰って来たのだった。もちろんその後もネイチャー誌に寄稿し続けるなど、知の巨人だったことにはかわりがないが、柳田との往復書簡や決別した頃って、まだ50代だったのだ。彼は74歳で亡くなるので、今の私と同世代、という感じだ。もちろん、今の私と全く同じ年の同じ国生れの人だって、すでに亡くなった人もいるし、心身の健康状態というのは個人差の方が大きいので、年代などではまったく一般化できない。それでも、記憶の積み重なり方や、世代の違う人たちとの関係性の変わり方、とか、しみじみと、「年を重ねることの恵み」による想像力の広がりを感謝したくなる。) で、ボーヴォワールに戻るが、彼女はアメリカでネルソン・オルグレンと熱烈な恋に落ちた時、「あなたのそばにいて、あなたのために尽くしたい」的な書簡を残していて、「男のために尽くすのが女の役割」という常識を攻撃してきたはずなのに、「しおらしい」言葉をいろいろ残しているそうだ。 今、彼女の晩年と同じ年になってこの番組を見て、この人って、けっこう気の毒だなあと思った。テストステロン豊かで、話し方も攻撃的、男にも女にも性的で行動的な食指を動かし、「いつまでもきれいで若くて性的魅力のある」ことにこだわっていたふしがある。結婚しない、子供は生まない、などの選択にかかる当時のプレッシャーの強さに対するリアクションだったのかもしれない。知の巨人のサルトルが醜くても問題はない。「美女と野獣」の組み合わせは、実はどちらにもプラスに働く。けれど、もし、サルトルがハンサムでボーヴォワールが斜視の片目だったら、このカップルは果たして続いていただろうか。 ボーヴォワールのドキュメンタリーだからもちろんエリザベット・バダンテールがコメントしている。昔の映像と違って、2年前のハイビジョン、大写しされた77歳のバダンテールは顔の表面がシワに覆われている。しなびたという感じではなく、一面にシワが刻まれているという感じ。巷にあふれる美容液なんかの宣伝で見慣れている年配女性のつややか肌とは全くかけ離れている。 そのバダンテール、もちろんヘアスタイルも服装も完璧で、言っていることもいつもどおり頼もしいし、ボーヴォワールになかったものが全部ある。いやその反対で、ボーヴォワールをむしばんでいたさ「老いへの恐怖」「やむことのない承認欲求」というものがまったくない。 なぜか、という背景は想像できる。 「母性とは神話である」と言い切って、子供に尽くせない女たちの罪悪感を吹き飛ばしたバダンテールだが、戦争も知らず、フランス屈指の不労高所得者で、夫もまだ健在で、子供も孫にも恵まれている。夫も死刑廃止を実現させた人権派弁護士、「より良い社会を残したい」というモチベーションをずっと保ってきた。 ほんとうに苦しんでいる人はサバイバルに必死で、戦う意思も力もない。フランス革命もそうだったけれど、社会の不平等を不当だと断言できる余裕のある貴族やブルジョワや聖職者たちがいたからこそ、きっかけを作ることができた。 フェミニストにもフェミニズムにもそれぞれの個人史、時代、国や故郷の文化や伝統によるそれぞれのアプローチがある。その個別性に根を持ちながらも、より「弱い立場」にある人を優先して、全体(もちろん男性も含める)の「幸福度」を最大化するために一人一人ができることをしていくのが大切だなあ、とあらためて思った。
by mariastella
| 2023-09-18 00:05
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