読みやすく分かりやすいのでフランス史やフランス文化に関心のある人には絶対お勧めのフランス革命解説書が出ている。
ミシュレ―やトクヴィルをはじめとして、いろいろな時代にいろいろな人がフランス革命について書いてきたけれど、時代が変わり、距離感もパースペクティヴも変わり、世界情勢も変わってきたからこそ見えてくるものがある。
これを読んで、感慨深かったのは、今も存在する立憲君主制って何だろう、と思えたことだ。フランス革命は民衆蜂起やバスティーユ陥落でなくて、1793年の国王処刑が一番の転換でトラウマだったのだとあらためて分かる。ラファイエットは国王の世襲制と神聖不可侵性を憲法で保障した。国王がその神聖不可侵性を失うのは、国外に逃亡した時(ヴァレンヌで捕まった時はまだ国内だった)、外国の軍隊を率いた時、明白な裏切り行為を働いた時、などと詳しく決められていた。
だから、国王が裁かれた時、彼をギロチン台に送る法的根拠はなかった。
このフランスの例があったからこそ、他のヨーロッパの王国のほとんどは革命があっても、国王処刑や暗殺があっても、「王政」を存続させてきた。
フランコの後のスペインの王政復古は有名だし、王政を廃止したギリシャの最後の国王も晩年は長い亡命生活からアテネに戻って、葬儀にはほとんど親戚筋のヨーロッパ王族が集まった。
日本の明治の「革命」は「尊王」だったから、立憲君主国をモデルにしたけれど、「四民平等」にしても華族は残ったし、第二次世界大戦後の日本国憲法では、国民統合の象徴で国事行為が定められていても「神聖不可侵性」はもうない。
立憲君主国の憲法や世襲制の決まりは、時に応じて変化しているけれど、日本はなかなか動かない。姻戚関係はもちろん、第二次世界大戦で連合国と枢軸国のどちらに属していたか、その後の「冷戦」で西と東のどちらに属していたか、によってもずいぶん変わってくる。一度も「国王」を持たなかった国アメリカは立憲君主制の機微やスキルに欠けていて、それも戦後日本の「曖昧さ」を助長したのかもしれない。
宗教や無神論との関係ももちろんある。
英国女王の死去や息子の戴冠、その息子のスキャンダルを含めてニュースを目にする機会が多かったこの一年ほどは、「王さま」にまつわる不思議を考えさせられた。