ドイツはそもそもの国の起こりからフランス嫌いだった
プロイセン王国のウィルヘルム一世とビスマルク首相は、パリに大本営を移し、1871年1月にヴェルサイユ宮殿の鏡の間でドイツ帝国を宣言したからだ。
今は、長い間争いの種だったアルザス・ロレーヌの領土争いもなくなり、EUで仲良くしているように見えるが、経済政策では対立したままだ。以前は、ボン、今はベルリンで、強い通貨、公共財政の統制を求めるドイツに対してパリは、その社会民主主義の福祉モデルを保つために予算の柔軟性を守ろうとしている。
ドイツはフランスを「浪費家のセミ」「クラブ・メッド(高級バカンス村のチェーン)のパートナー」と揶揄している。欧州中央銀行を締め付けられて、マクロンの「成長」路線は遮られている。
Sekko : これは複雑すぎて簡単なコメントはしにくい。ここではスルー。
クラブメッドは今は中国に買収されている。この「フランス嫌い」シリーズでは他に中国、オーストラリア、アルジェリア、ロシアとウクライナ(ロシアにとってはフランスはアメリカの追随者、ウクライナにとってはアメリカにブレーキをかける存在)などを引き続き書くつもりだが、いつになるか分からない。
ロシアのことを考える時、わずか4年前にプーチンがマクロンのブレガンソンの別荘を訪問した時の映像を思い出して感慨深くなる。花束を手に持ってにこにこして階段を上がってくるプーチンの姿は、メディア向けとしても、ほとんど「かわいい」ものだった。マクロンが自分こそプーチンの侵攻を止められると錯覚したのも分かる気がする。
(付記) このブログを毎日見てくださる方に、9/1付の記事に訂正があることをお知らせします。記事の内容自体は変わりませんが、「前振り」の部分で、記事を書いた当初(8月半ば)に混同していた同姓同名のジャーナリストのことを削除し忘れていることに今になって気がつきました。予定稿はずいぶん先のものもあるので、まだアップされていないだろうと思っていたのですが、アップされていたので慌てて「前振り」を削除しました。申し訳ありません。