薬の原料いろいろ。カメの甲の裏側?、ヤモリ、サソリ、トカゲ、蛇、何でも試してみるのって人間ってすごいなあと思う。

これは粉薬を入れる容器。ビルマの原始宗教「ナッ」が仏教徒と習合したものらしい。
下のはタイでキンマという胡椒科の植物の葉を入れる容器が発達したものだそうだ。
胃薬、去痰訳、媚薬、頭痛、関節炎、タイでは歯痛、インドネシアでは煎じたものが殺菌剤、消化不良、便秘、鼻づまり、母乳促進、虫下しにも使われるという。
容器のこだわりと社会的ステイタスの関係もあるらしいのが不思議だ。


携帯用薬入れなど。日本の印籠もある。印籠も、常備薬入れから美術工芸品になった
薬って、やはり、病を治す「気」やら目に見えない力の配剤でなっているから、ただの、宗教のの典礼に使う容器に近くなっていくのかもしれない。

漢方の薬入れ。こうなると、実用的。漢字の表記でなんとなく分かるので興味深い。

これはパリ大学薬学部近くにある薬物版物館のコレクションで、18世紀以来のアジアの薬などがみられる。朝鮮人参やビンロウなどもある。これもフランス語表記だから理解できるので興味深い。

人類の歴史において、不老不死は別として、やはり、病や苦痛とその治療というのがどれだけ実存的な重大さを持っていたのかが、実感として分かる。
高齢化社会の総合雑誌には「本当は怖い薬」「医者が飲まない薬」「いい薬、悪い薬」副作用の怖さ、など、薬についての記事がたくさんある。高齢になると十種以上の薬を処方される人や、認知症でそれを飲み忘れたり飲み間違えたりするリスクも増えてくる。「毒と薬」は紙一重というのも知られている。昨今はワクチン後遺症などというのも深刻な話題になっている。動物でも本能的に自分に合う薬草を知っていることもある。そういえば落語に「そば清」とか「蛇含草」とかいうのがあった。大蛇が人間を丸のみにした後で食べる草が「消化を助けるもの」だと思って、大食いの後に飲んでみたら、自分が解けてしまった。人間を溶かす薬だった、というちょっと怖いオチの話だ。薬って、一つ間違うと恐ろしい。ひょっとして摂取を決意するには死生観の根本が問われるのかもしれない。