なるほどと思った展示はたくさんあるので紹介してもきりがないから、ところどころピックアップするとして、ここの特徴は瞑想コーナーがあったことだ。訪れるフランス人の半分くらいはアジア趣味、エコロジー、仏教シンパ、などの人たちだから、物珍しさだけではなく「実践」する気が満々だ。
で、瞑想コーナーがあり、暗く奥まったところで、時々、呼吸の整え方、集中の仕方などを低い声で指導されながら、ヒーリング音みたいなのがずっと流れるようになっている。目を閉じて座禅のポーズをしている人もいる。
途中で雑念が入っても罪悪感を持たずに、またすぐに呼吸に気持ちを集中すればいいのです、みたいなことを言っているのが具体的でおもしろい。私は10分間くらい目を閉じて見たけれど、催眠術の体験コーナーみたいだなあと思ってしまった。
帰ってからチベット仏教の尼僧にこの話をしたら、「10分でいいから毎日やるといいよ」と言われた。私にとっては、楽器演奏が瞑想の役割をしているかなあと思う。日常の雑事やら心配事やらをすべて忘れて頭が空っぽ、ただ音符と自分の出すべき音のことだけに集中しながら全体の音も同時に聴く、というのは超越世界への境界領域に突入している気分だからだ。
これはヨガの行者のパフォーマンス。

下は占星術の図解。占星術というのはとても大切で、病気になると医師のところに行って薬を処方してもらっても、今度は占星術師のところに行って、それをいつ飲むべきかを教えてもらう。病魔除けの儀式も同時にしてもらうこともあるようだ。人体は宇宙の動きの中でのバランスで生きているのだから、単純に「薬で治る」ものではなく、大きな全体の調和の回復が必要だということだ。

だからどの文化でも、地球から見て「動いている」七曜はみな神である。太陽と月、火星、水星、木星、金星、土星、と続いて首のないのは日食や月食など欠けたもの、九番目は流れ星だ。
日本の一九世紀の七曜を表す神々の像もあった。金曜日がこれ。
これって弁才天。七福神って七曜の神だったのだろうか、と思って検索してみたらまあ時代によっても、いろいろなルーツがあるようだ。もとはヒンドゥーのさらすヴァ―ティ女神で水を司る神だったのがいつの間にか「金」の神、金星のヴィーナスとかいろいろ習合したようでもある。ギメ美術館のこの展示では「Kinyo」とだけあった。(調べていると、鞍馬山の魔王尊が宇宙人だとは聞いていたけれど、「金星」から来たのだとも書いてあった。)
ところどころにこういうコーナーがあって、雰囲気を出している。これは韓国のシャーマニズムで使われるいろいろなものを展示するコーナー。

これは、病魔が退治された後の姿。人間の「開き」みたいになっている。

これは歌川国芳の木曽街道69次の「赤坂」。光明皇后が「癩患者」の垢すりをしている。をしている。
赤坂と「垢すり」をかけている。光明皇后は聖武天皇と共に日本に仏教を広め、専任理病者の赤を洗い落とす「願」を発した。最後の千人目が重症の「癩患者」で海を口で吸い出しすよう要望し、その通りにすると阿閦如来になったという話。如来なので、背中から後光が出ている。ハンセン病のような皮膚病の世話は、キリスト教では大切なものの一つで、日本に宣教師たちがやって来た時に彼らの世話をしたことを見て驚いた日本人の記録が残っている。奈良時代の光明皇后はこうやって世話していたのに、いつのまにか共同体から排除されたのは、神道の「穢れ」と習合してしまったのだろうか。この浮世絵のことをまったく知らなかったので、いろいろ考えさせられた。