あることについての日本語での情報を探してネット上で検索していると、自分のブログ記事に出会うということがしばしばある。実際、読み直して大いに参考になる。
このブログはもともと「覚書」なのに、なかなか読み返さないので、前世紀に溜まったスクラップブックみたいになっている感もある。(時々はブログ内検索するので役に立っているけれど)
で、あることを探しているうちに、14年前の記事が出てきた。
懐かしい。いつもほっとするのは、自分の基本的な立ち位置が変わっていないこと、また正直、誠実を心がけているので安心して読めることだ。
で、この記事。
この記事を書いた後に、中央公論新社の『無神論』の中で、この記事に出てくるソリプシスムの哲学者の名前も出して紹介した。
それ以来、彼のことを十分消化したという自信はない。
バロックバレーは続けているけれど、エリカはやめてしまった。環境問題の活動に結構のめりこんでいた。エリカと会わなくなってどれくらいになるんだろう、と思って「エリカ」で検索すると最後が2017年だった。その記事もおもしろい。(リンク先にもソリプシスムの記事がある)
さらに見ていくと、エリカのうちに招かれたりして付き合いの深かったのは2012年頃だと分かった。
これももう11年も前になる。
思えば、コロナ禍のロックダウンもはさんで、多くの人との付き合いがストップした。
コロナ禍の間でもコンスタントに人と出会っていた機会は、私のうちで可能だったピアニストやヴァイオリニストとの演奏、トリオの仲間との演奏、生徒へのレッスンなどだった。
今思うとそれらがどんなに貴重だったかが分かる。
だから、今、演奏以外で以前によく会っていた知人・友人たちとのコンタクトが大幅に減ったこと(彼ら彼女らも年を重ねたし、中には亡くなった人までいる)を極端につらく思うことはなくすんでいる。
私のように平凡というか才能のない演奏家が、他の演奏家とコラボすることによって、天にも昇る至福の時を味合わせてもらえるのは本当にラッキーだ。
ひとりで演奏する時だって、バッハでもショパンでも自分のテクニックでカバーできるものさえ選べば、彼らのおかげでインスピレーションの扉が開くし、心が満たされる。(楽器の存在にもつくづく感謝する。)
付録) ちなみに今の私がはまっているのは量子力学におけるソリプシスムだ。特に、Hervé Zwirn の「solipsisme convivial」という考え方。宇宙論の一種。日本語で検索しようとしても見つからなかった。なんと訳していいのかも分からない。