東京の拠点から一番近い太田記念美術館、今回は、葛飾応為の「吉原格子先之図」が表に出ているのに、応為の作品はその一点だけだと知った。
でも多くの浮世絵師の肉筆画が出ていて、画家の筆致というものがよく分かる。撮影禁止だが、美術館のサイトで少し見ることができる。本当は一点一点コメントしたいくらいに感心した。ホキ美術館で見たような超写実の世界は日本画にルーツがあるのでは、と思ってしまう。文字を書く筆と画を描く筆が共通である文化ならではというものがある。
葛飾応為は葛飾北斎の娘で、一度結婚したが離縁された後で父と共に助手のような形で制作をしたという。
今回展示された作品はその光と闇、陰のとらえかた、確かに、この一点で「天才」を感じさせる。複数の提灯に隠された署名があるから確定できるものの、北斎というビッグネームを持つ父のもとでの活動はアーティストとしての承認欲求にとって容易ではなかっただろう。

そればかりか、彼女は「不美人」というレッテルを貼られている。顎がはりだしているとかで、父から「アゴ」と呼ばれていたとか、単に「おーい、」と呼ばれていたので「応為」という号にしたのだとか。彼女を描いた絵もあったが確かに顎が目立つ。
それでも、男の絵師の容貌については何も言われないのに、女の絵師は父からさえこんな風に呼ばれるとは。「美人だと父や夫から大切にされ、不美人だと自力でがんばって名を成す(こともある)」ようなステレオタイプの根強さには驚く。
d マガジンで週刊文春(11/23)を読んでいたら、清水克之之「室町ワンダーランド」にこういうのがあった。公家が九歳の娘の醜さを「鬼と覚え候」と書いたとか、応仁の乱の東軍総大将細川勝元の娘のことを「天人と思いし人は鬼瓦」と揶揄した落書きがあったとかの例が挙げられているのだ。室町時代までの「ブス」はコワモテ男性的であり、それ以降はオカメ・オタフク系の女性的ブスがメジャーになったという。
江戸時代の応為だが、仕事ができるとか、才能があるというのはやはり「男性的醜女」であるらしく、オカメ系の癒しとは別世界だったわけだ。
なんだか複雑な気分になる。
売店で太田記念美術館が監修している文庫シリーズを買った。
これは後日「古書ほうろう」で買ったもの。