未生と創出
春に買ったちくま学芸文庫の千葉成夫『増補 現代美術逸脱史』というのを読み始めて、はじめて出あう衝撃的な日本の現代史観に衝撃を受けた。
それは日本の「近代」以降がいかにして「西洋」と向かいあってきたかということについてだ。 今までは、日本は、西洋の科学技術をいかにして取り込むかに邁進し、しかし「和魂洋才」に徹することで、ともかく、非植民地化を免れて「非西洋国」として真っ先に「近代か」を遂げることでサバイバルしてきた、それが拡大して自らアジアの盟主になろうとした、などという見方をスタンダードとして受け入れてきた。 美術に関しても、明治政府が西欧事情を研究して、ギリシャ・ローマの直接の遺産を直接受け継いでいない島国イギリスが短期間でヨーロッパ大陸の美術と拮抗できた、同化できたという事実に注目してイギリスの美術史を研究したというのを知って、その戦略性に感心していた。 ところが、この本では、作者は、近代以降の日本画家の作品が日本で外国作品とともに展示されているのを見ても質の差異がが見えていなかったのに、パリ・ビエンナーレで日本作家の作品が放っていた「異質さ」に気づいたという。 そして日本の現代にはいまだ「美術」が生まれてはいないのではないか、という危機意識を持ち始める。 そしてその「未生」の状況のまま、社会全体のある「崩壊」に呑み込まれてしまいかねない段階に入り始めた、と感じている。「未生」の中からどうしたら「創出」が可能なのか、あるいは「未生」の状況をどう読み替えたら「創出」への糸口をたどりだしうるかを、戦後の流れを検証しながら探る、というのだ。 >>>現代日本の美術を「未生」ととらえる見方ーーそれは、しかし、欧米の美術とくらべて未生ということでは、すでにあり得ない。ある意味で、近代以降の日本の美術の歴史は「敗北」の歴史だった。西欧に対して敗北というよりは、西欧の受容の仕方において、その受容から自己の表現を創り出そうというところにおいて、自らに対して敗北し続けてきた歴史だった。(・・・)敗北の流れを反対側から読みかえて、未生の歴史となすことが可能であるはずなのだ。そうでないと、うかばれないのではないか。< >>貧しいから否定するしかないというのはおかしいのではないか(・・・)貧しいけれど、語るに値する作品に欠けているわけではない。少なくとも、ある種の造形的な精神に欠けているわけではない。それらの作品を、あるいは精神(こころ)を、貧しさともども、まるごとすくいとれはしないか(・・・)貧しさを隠ぺいするためではなくも現実の総体をつかみとるのである。<< などなど。 解説では「移植文化」問題という言葉も出てくる。 文化多元主義や多様性に落とし込むというのではなく、「美術未生」の特異な風土と歴史の日本では、現代美術は「逸脱」して独自の営為として語りなおすことができる,と言う。 ううん、グローバリズムとデジタル社会が進んだ今でも、そんな見方ができるのだろうか。 美術がそうなら、近代日本のすべてが、「未生」の状態から、欧米に「追いつけ」という走り方をした結果、何物も「創出」しなかった、と言えるのだろうか。 もともと、政治や外交や軍事力などとは違って、美術の分野の現場では、「西欧の受容」や模倣というより、すぐに、国境のない世界を共有したのではなかったのだろうか。 例えば、パリに憧れて、数年をパリで過ごして、日本では「パリ帰り」の画家として偉くなる、などという構図は表層的なものではないだろうか。今でも、パリ、パリ近郊、には、何十年も暮らし続けている日本人画家が少なからずいるけれど、彼らは「未生」だとか「創出」だとか「敗北」などという意識をもったことがあるのだろうか。 特にフランスに関しては、ジャポニズム以来の日本へのあこがれのようなものも存続していて、自分たちが創出の先駆者などとは思っていない。 創出の地平とは、国境や文化の差を超えたところにあるもので、普遍的なものではないだろうか。 その場合の普遍とは、ローマ帝国の法の届くところという帝国主義的な普遍(オイクメニコス)ではなくて、すべてが同じ地平に立っている普遍(カトリコス)ではないだろうか。 日本が「欧米」を「模倣」しているという感覚を21世紀になっても維持している人は本当にいるのだろうか。 現在フランス在住である日本人画家に質問してみたい。 第一、日本の美術家たちのあこがれの地だったフランスについていえば、日本の絵画作品との出会いは「目からうろこ」の衝撃だった。今パリのギメ美術館で源氏物語展をやっているのだが、登場人物の感情を織り込んだ「小説」の第一号である『源氏物語』と、その絵巻が展開する屋根をとって上から俯瞰する12世紀の「大和絵」から浮世絵、マンガに至る系譜が「主流」として持ち上げられている。 「模倣」か「折衷」か「排外」かなどという切り口がアートに適切なのかどうかは分からないという良い例だとも思えるのだが…。
by mariastella
| 2024-01-21 00:05
| 本
|
以前の記事
2026年 02月
2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月
カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 パリのオリパラ 人生観 未分類
検索
タグ
フランス(1348)
時事(800) 宗教(707) カトリック(633) 歴史(427) 本(309) アート(250) 政治(222) 映画(178) 音楽(153) 哲学(113) フランス映画(106) 日本(99) フランス語(94) コロナ(85) 死生観(63) 猫(56) フェミニズム(49) エコロジー(48) カナダ(40)
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||