(前の記事の続きです)
1993年、セーヌ河畔に居を構えたママコさんのマイムを生で見てみたくて、ベルギーの首都ブリュッセルで公演を企画することになった。フランスの大手保険会社のブリュッセル支社が、新しい建物を購入したか借りたのかよく覚えていないが、そのお披露目のために、そのフロアで文化的な催し物をしようということになって、ママコさんの翌年パリに来た日本人画家の作品や、昔パリで知り合った彫刻家の知り合いのリトグラフ、もう一人別の日本人画家、という3人の作品のグループ展をして、そのオープニングにママコさんのマイムを入れることになった。
ママコさんと助手の明神くん、画家夫妻らが、私が滞在していたフランス人支社長の家に泊めてもらうことになった。
フランス語でのやり取りはもちろん私がすべて引き受けていたたからだ。
この時の、「本番前」のママコさんの過ごし方が印象的だった。
彼女は、本番前にはフロアのサロンでウォーミングアップやリハーサルもできたし、サロンに続く部屋も提供されていたのだけれど、そこを抜け出してブリュッセルの高級日本レストランに行って食事をしたというのだ。
その建物はもともと展覧会やコンサートなどに使う場所ではないし、まだ事務所としての引っ越しもしていないから、展示の画以外は殺風景だった。ママコさんに提供されるサービスもミニマムだったと思う。
でもママコさんは、マイムを演じる前には「女王」のような状態に自分を高めることが必要なのだと言った。
彼女とマイムの共演もした土方巽などの「暗黒舞踏」派などは、自分をぎりぎりのところに追い込んで表現するけれど、自分は、甘やかされて完璧に満たされた状態ではじめて「ぎりぎりの状態」を「創る」「見せる」ことができるのだという。普段はシンプルでむしろ質素な生活をしているのに、舞台の前にはパワフルでリッチなエネルギーを満タンにしなくてはならないのだそうだ。
私から見ると、普段の化粧気もないシンプルな姿でも異様なオーラがあって「普通の人」ではなかったけれど、それを可視化するためには、もうひと押しの外的なレベルアップが必要で、そのあとに舞台化粧をして衣装を着けると、彼女のまとう世界ごと出現する。
ママコさんは、バレエとの違いについて、バレエでは満開の花のような美しさの最高潮を見せるがマイムはその花が枯れて朽ちていくところまでを見せるので一生続けられます、と言っていた。でも、たとえ朽ちるところを演技するためにでも、演技する自分自身は最高の状態を維持するということなのだろう。
題目は「禅とマイム」と名付けた「十牛」だ。禅の悟りに至る十段階を描いた十牛図からインスパイアされたものだ。
少年が牛を探し、見つけ、翻弄され、ついに馴らして、牛の背に乗ってゆったりと帰っていく、という情景がマイムで語られる。衣装はピエロの衣装だが、もちろん目に見えない「牛」を相手に立ち回り、最後に満足しながら牛の背で揺られていく様子は、とても印象的だった。
招待客の中にはクラシック・バレリーナがいて、興味津々でママコさんに質問していたことを思い出す。
20世紀に入ってから、日本での公演でクラシックな演目も見せてもらったけれど、あのブリュッセルの建物の非日常空間で観た「十牛」のことは今も忘れられない。(続く)