1/18の朝、久しぶりに雪景色を見た。
庭のモミの木もクリスマスツリーみたいになっている。
寒いし、日が昇ってからは雪解け水が凍って滑りやすくて閉講したけれど、雪の白さがますます輝いて気分ははれやかになる。もし雪が黒かったなら、どんなに落ち込むだろうなどと考えてしまう。
「黒い雨」という原爆投下後の雨のことも連想した。
子供の頃から高校時代にかけて飼っていた代々の手乗り文鳥は真っ白で、足がピンク、黒い目の周りとくちばしが真っ赤だった。最後の文鳥が死んだ時、目元もくちばしも白くなっていた。「赤」は血の色、生命の色だったのだ。
子供の頃買っていた犬も真っ白なスピッツだったが、概して哺乳類の色は、模様がかわいいと思うことがあっても、色としてはそんなに派手なものはない。
目を奪われる色は光の届かない深海を泳ぐ魚や熱帯魚などのもので、蝶々の中にも信じられないような色や柄の羽を持つものを見てきた(大概は標本だけど)
手軽に見ることのできるのは近くの園芸、ペットの専門チェーンの店で、猫のえさや鳥のえさ(これは庭に来る鳥たちのため)を買うついでに、魚や鳥や小動物のコーナーをのぞく。
いつも感心するのはオーストラリアの小鳥で、「何のために?」と思うくらいの多色使いになっている。

同種の鳥が3羽一緒のケージに入っているのだけれど、全員、色が違うのだ。

彼らは自分たちの色をどう意識しているのだろう。色で互いを見分けるということがあるのか、雄と雌の違いもあるのかよくわからない。
同じケージにいたこの鳥は、色はグレーで地味だけれど、丸々とした体形の羽に斑点が入っていて、目の周りがオレンジでユニークだ。


ふわふわのこの羽、さわってみたい。猫をさわりまくっている私でさえ、そう思う。