地名がサンレミではじまる場所はフランスにいくつかあり、日本人にもバカンス地「南仏のサンレミ」を知っている人は多い。もとはカトリックや正教の聖人である聖レミsaint Rémi で、聖遺物はランスのバジリカ聖堂に納められている。
496年にフランク王国のクローヴィスに洗礼を授けて、クローヴィスが教皇に土地を寄進などして多くの教会が建設され、今のヨーロッパの基盤ができたので、日本の世界史の授業でも習った。
フランスの守護聖人でもあるが、レミというフランス語の名前は、『家なき子』の主人公レミの名によって、子供の頃からなじみだった。それなのに、日本のカトリック教会のカレンダーでは「聖レミギウス」とラテン名になっているからなじみがない。
お約束どおり妻が敬虔なカトリックだったクローヴィスは、戦勝を神に願って、勝利の後洗礼を受けるはずだったけれど、すぐには約束を果たさないで、9年間も迷ったという。なぜなら、生まれてすぐに洗礼を授かった子供二人が、どちらも幼くして死んだからだ。
でも、結局、聖レミ(列聖は死後と決まっているので当時はレミ司教。フランスにはすでに50の司教区があった)によって洗礼を授けられた。それは496年のクリスマス、12/25で、3000人の兵士たちと共に洗礼を受けた瞬間に、人々が「Noël! Noël!!」と叫んだという。ノエルとは誕生のことで、今もフランス語でクリスマスという意味だが、フランク王国がキリスト教国として「生まれた」という叫びだったのだろう。
(この年代だが、496年はトルビアックの戦いで、神の加護によって勝利した後すぐに洗礼を受けたというのが定説だったが、洗礼は2年後の498年という説もあるし、上記のように9年のラグを記す歴史家もいる。とにかく、5世紀の末にクリスマスにレミ司教から洗礼を受けたということだけは確かなようだ。)
クローヴィスが完成したフランク王国のサリカ法典の前文には
「フランク族を愛するキリスト万歳。彼らの王国を守護し、彼らの王たちを光と恩寵で満たしてくれますように」
とあるそうだ。
で、そのクローヴィスに洗礼を授けたレミ司教だが、当時すでに60代だった。
司祭ですらなかったのに22歳で15代目のランス司教の座に着き、なんと74 年間も現役で、96歳で没した。
レミの母は聖女セリーヌとして列聖された人で、レミの兄であるソワソンの司教も列聖されている。
クローヴィスの洗礼の時に白鳩が運んできたという「聖油」は、その後長らく、ランスのカテドラル(司教座聖堂)での額の塗油がフランス王の聖性を担保することになった。
聖レミの長寿が残したものは大きい。