arteのドキュメンタリーでヨーロッパのジハディストを振り返る歴史をたどった。
もちろん、ソ連軍がアフガニスタンから撤退した時点から始まる。
当時から今まで、冷戦終結以来の出来事をリアルタイムでフランスから見てきたはずなのに、「ジハディスト」という言葉がいつから「ニュースの言葉」になったのか今となっては思い出せなかった。
モロッコなどから次々とヨーロッパにやってくる過激派のイマムが自由にヨーロッパの国々を移動できて、ムスリム系移民を自在に「洗脳」できていた事態も意識していなかった。
3話にわたるこのドキュメンタリーの中で、一番ハッとさせられたのは、若いフランス人(地方のいわゆる地元フランス人)にとって、最初にジハディストとしてのインセンティヴとなったのが、「西洋憎し」ではなくて、「アメリカ憎し」だった場合があることだった。日本では「欧米」とくくるけれど、フランスでは特に、「英米」が批判の的になる。イギリスは伝統的な「敵」だし、アメリカはイギリスからの独立戦争の時にこそ味方をしたわけだが、二度の世界大戦の後に世界の宗主国のようになってからは、あこがれと共に反感がくすぶっていた。
で、冷戦終結と同時にアメリカの「福祉を捨てた新自由主義」がフランスの社会民主主義をむしばむと共に貧困度を増していった階層が、アメリカへの憎悪を育てていった。
で、イスラム過激派のジハディストによる「堕落した西洋をイスラム化する」という思想が、反米にすり替えられていた部分がある。
10代や20代くらいの若い「純フランス人ジハディスト」たちが、当時、「アメリカ人を殺せ、アメリカ人を殺せ」と意気揚々と叫んでいる映像が流された。
彼らは、ジハードの対象は腐敗するアメリカであり、フランスだとは考えていなかったように思える。
そういえば、2001年のアメリカの同時多発テロの後も、フランスでは、どことなく冷めた反応が多かったのを覚えている。1997年にサン・ミッシェルでの地下鉄テロがあったにかかわらず、その頃のフランス人はまだ自分たちがジハードの対象だとは意識していなかったのだろう。フランスは2003年の英米によるイラク派兵にも反対したし、どこかずれていた。アサド大統領との関係も節操なく、くるくると変わったことも思い出す。
そして最終的には、「ジハードには興味がない、テロに興味がある」と言って、「テロリスト」を自ら名乗る若者たちにまでつながった。
それから20年、「イスラム国」で徹底的に洗脳されて現地で育ったフランス人夫婦の子供たちをどう受け入れるか、まだ解決していない。
それにしても、「アメリカ人を殺せ!」と叫ぶ若いフランス人の姿は衝撃的だった。
私たちはこの30年以上、見たいものだけ見てきたのに過ぎなかった、ということなのだろうか。