フランスで「ネオフェミニズム」という言葉が聞かれるようになってもう結構な時間が経つ。
フランスにはもともとユニヴァーサリズムに根ざしたフェミニズムがあり、アングロサクソンの「犠牲者主義フェミニズム」とはまったく違うことを今まで書いてきた。
特にアメリカのフェミニズムは、ウォーキズムの大きな流れの中にある。
WASPが築いた移民国家アメリカの担い手は、「白人プロテスタントの男性」だったので、その下で抑圧されてきたグループの怨嗟は深い。フェミニズムも、男性への糾弾、謝罪要求、社会的抹殺という復讐要求などが目立つものだ。
この流れがグローバリゼーションと共にフランスにを席巻するようになった。
私はこれに対して「フレンチ・フェミニズム」を擁護してきたわけだが、フランス側から見たら、今までの標準だった自分たちのフェミニズムがいつの間にか「時代遅れ」風になって、アングロ・サクソンのフェミニズムが新しい「ネオフェミニズム」と呼ばれるようになっていたのだ。
でも、さすがフランスで、この対立についておもしろい形容をする人がいた。
アメリカのネオフェミニズムはジャコバン派で、従来のフランスのフェミニズムはジロンド派だというのだ。
フランス革命を担ったブルジョワ層による穏健な共和制がジロンド派で、突然、急進的なジャコバン派が台頭して恐怖政治を展開し、王や王妃や穏健派をギロチンにかけまくった。
なんだか、いい得て妙、という気もする。
でもこの後のフランス革命の展開を見るにつけても、とてもネオフェミニズムのポジティヴな行先は想像できない。
今までの記事を参考にリンク。