デンマークに新しい国王が誕生したニュースを聴いた時、あれっと思った。年末にマルガレーテ女王が生前退位を表明したことを知らなかったのだ。
一瞬、女王が亡くなったのかと思ったほどだ。
マルガレーテ女王の夫君はフランス人(デンマークに帰化したし、カトリックからプロテスタントに改宗もしたが)ということでフランスではよく知られていて、フランス語のドキュメンタリーも見たことがある。
元はベトナムが専門で、デンマークというのが意外で、フランス人にとっては、ちょっと誇らしいのと違和感が混ざった存在だった。日本の記事を貼っておく。
上の記事にあるように、晩年は認知症を患い公務から引いていたそうで、女王は独り身になっていたわけだ。
で、長男のフレデリックがフレデリック10世として即位。この王の配偶者はオーストラリア女性でスコットランド系だから、宗教的にはすんなりいったにせよ、地理的な遠さが話題になっていたのを覚えている。
今回の新国王誕生で、フランスのメディアはまた、「デンマークの新国王はフランスがルーツ!」と騒いでいた。「女王の夫」から「国王の父」へと大躍進したわけだ。
で、さすがヨーロッパというか、デンマークの王室って、配偶者の元の「国籍」など実にさまざまで、それは、昔からの政治的「姻戚」づくりから続いている。
最近、「デンマークの王、王妃、魅力的な医師」というドキュメンタリーを見たのだけれど、あまりにもドラマティックなので驚いた。『ベルサイユの薔薇』なんか目じゃないほどの波乱万丈、日本の漫画家がコミック化していたら大成功していたんじゃないかと思うほどだ。
クリスチャン七世とイギリス王の妹が結婚した時は二人とも10代。
でも王は統合失調の他にとにかく常軌を逸する異常行動と発作を繰り返した。その王をフォローできたのがドイツ出身の医師だった。この人は医院を開くのでなく、貧しい人、病人のところに出向いてはケアする「赤ひげ」タイプの医師で、王の侍医となった後も、共にパリに赴き、ヴォルテール、ルソーら啓蒙思想家と議論し、20歳に満たない王も素晴らしい教養があったことが記録されている。
その後、医師は王の完全な信頼を得て、フランス革命より前に王の名で次々と社会政策、民主主義政策を打ち出していく。
その頃のデンマーク王はアイスランドやスウェーデンの王も兼ねる「絶対王政」で強大な権力があった。
でもこの王は、言動の異常だけでなく外見も小男で、ハンサムな偉丈夫で理想に燃えた医師とは正反対だった。そして医師は王妃の愛人となったが、二人の間に生まれた子供も、王は喜んで自分の子として「認知」する異常が続く。
医師の民主政策は貴族の反感を呼び、王の継母が自分の息子を王にしたくて策略を巡らせ、医師は処刑、王妃も追放などという結末に。(結局、王と王妃の唯一の実子が次の王位を継ぐものの、嫡子に恵まれず、クリスチャン七世の血は絶えた。)
王妃と侍医の恋の方が物語としてはインパクトがあるのかもしれないけれど、クリスチャン七世の数奇な運命の方が最後はなんだか印象的だった。
啓蒙思想家のネットワークもあらためて確認。
デンマークの城や教会の建築のすばらしさ(タピスリーのすばらしいものはフランスのゴブランで制作されたものらしい、このこともフランス人は強調)、ロイヤル・コペンハーゲンの陶磁器のことなど、ハイブリッドな文化と「王政」が続いたことの強みに感心するばかりだ。
下は予告編。