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L'art de croire             竹下節子ブログ

「ホモエコノミクスの犠牲」その5

(この記事は「ホモエコノミクスの犠牲」その4の続きです。)

存在する権利

我々は、経済合理性の前には、生活上の合理性を諦めなければならないのだろうか?
一部の人を「自分を売る」状態に追い込むような経済合理性の方を考え直すべきだ。「すべての価格より上にある(カント『道徳形而上学言論』」人間の絶対価値を保障しなくてはならない。ハンナ・アーレントの「権利を持つ権利」という言葉のように、カントは、人類の権利には、自由や平等だけではなく私有財産を持ち、経済的自立を得られる仕事ができる権利が含まれると言っている。
フランス革命期にロベスピエールは憲法案の中で「存在する権利」に言及した。平等な市民の経済的自立は、同胞との協働の中にある。

人は「自己」の所有者ではなく「自己」の管理者であり、経済的自立は、自由、平等と同様に、人間として存在するための絶対条件である。

(カントは、フランス革命の過激さに恐れをなしたのかもしれないが、1793年に、「理論が正しくても実際には役に立たない」という退歩?している。能動的な市民と受動的な市民とを分けているのだ。Sur l'expression courante : il se peut que ce soit juste enthéorie, mais en pratique, cela ne vaut rien.

それらの考え方は、現代にも受け継がれ、国家が、労働の権利を守るだけではなく、貧困者や移民をケアする義務もあるという考え方にもつながっている。

ネオリベラリズムにおける実践的合理性と政治経済的合理性を対立させるべきではない。人々の間に現実の自由と平等を可能にする実際的な経済のシステムを構築することを、貧しい人が常に富裕者に支配される資本主義経済のモラルに優先すればいいのだ。(終わり)

Sekko : 確かに、ネオリベの市場原理主義の社会の中でも、いわゆる「民主主義国家」は、内部の貧困や不平等を「ないことにする」ことができずに、その解消を、(仕事があって食べていける)階級が「合意する」犠牲に求めているという現状を、この論文のおかげで意識化できた。
また、ウェンディ・ブラウン、チェリー・リボー、ダヴィッド・グレーバーなどをこうして関連付けて、ハンナ・アーレントやカントやロベスピエールまで並べられると、今までばらばらに読んでいたものの関連が見えてくる。
日本にいる一般の日本人にとって、カントとロベスピエールはまったく別物に思えるかもしれないけれど彼らは同時代人で、カントはフランス革命の余波が実際に自分の身に起こるのは都合が悪い、と理想と現実を分け始めたことなども分かる。
フランス革命由来のユニヴァーサリズムを徹底するなら、人間同士が、それぞれの宗教や文化や領土などを「守る」ために殺しあうなどあってはならないことだ。
そしてそのような殺し合いのために、普通に生きていきたい人々を「動員」して犠牲を強要するなどもあってはならない。

私たちはいつも、あらゆる形で操作されている。

私はいわゆる戦争を知らない世代で、80年近くも戦火を免れた日本やフランスで生きてきたけれど、では、政府による「犠牲の強要」を体験しなかったかというと、「コロナ禍」の時代を体験した。ありとあらゆる口実(高齢者の命を守るなど)のもとに、脅したり、情緒に訴えたり、恐怖や罪悪感を植えつけたりされた。しかも、それらが「存在する権利」を奪っていることを知りながら、「自己犠牲」をほぼ自発的に受け入れた。
幸い直接の経済的なダメージは受けなかったけれど、フランス革命におののいたカントどころではなかったし、その後のフランス政府の赤字を突き付けられて、いまだに個人にできる「犠牲」を執拗に呼びかけられている。

いろいろなことを振り返り、「存在する権利」とはいったい何なのかをもっと考えていきたい。







by mariastella | 2024-07-16 00:05 | 時事
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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