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L'art de croire             竹下節子ブログ

必読! 民主主義を救う方法

現代世界の情勢を見ながら、言いたかったけれど言葉にならなかったこと、言葉が足らなかったこと、考えがばらばらだったこと、などを明快に語ってくれる本を発見した。

政治哲学者のフィリップ・ネモが訳して序文を書いたEnzo Di Nuoscio の「Pourquoi les humanités sauveront la démocratie 」だ。「≪人文»が民主主義を救う」というタイトル。現代は「民主主義の遺伝子」だそうだ。


著者を日本語で検索したが出てこないので訳本がないのだろう。フィリップ・ネモには多くの著書があるのに、日本語訳はレヴィナスとの対談だけで、レヴィナスばかりに焦点が当たっていた。

これは著者インタビュー。

まず、本の紹介文をざっと訳してみる。


「社会とは、その構成員や指導者たちが、今の潮流になっている科学技術の教育オンリーだけでなくヒューマニティ(人間のさまざまなあり方、人文)についての充分な教育を受けてこなければ、自由で民主的なままではいられない。実際は、人文的教養のみが、民主主義を生きる精神を人々に芽生えさせる。


人文的教養とは、批判能力、自立した判断、個々の人間のリスペクト、人間の知識が誤っている可能性を認識すること、社会が根源的な多様性からなっていることへの感受性、対話や議論を優先し、力による対決を拒絶することなどだ。すべての人の中に潜在的にある民主主義の「目に見えない遺伝子」を活性化しなければならない。さもないと、民主主義の敵である「目に見える悪魔」に席捲されてしまう。人文教育、人間学、人文科学に投資することこそ、民主主義を古今の敵から守る方法である。」


アマゾンの長文書評(経済学者Johan Rivallandによるもの)からもざっと訳す。


著者の言う「デモクラシー」とは、自由選挙を最大価値とするだけのものではない。個人のリスペクト、思想と表現の自由、市場経済をも前提とするもので、その意味ではカール・ポパーの「開かれた社会」や「法治国家」概念と共通する。

ヨーロッパは「科学」を前面に掲げるよりはるか前に、ユマニスムと文学によって中世から脱して近代に入った。この人文的、文学的な次元を若者やエリートの教育の基礎に置くことによって民主主義は持ちこたえる。


民主主義の誕生は文科的教養と深く結びついていた。だからこそ、「脱構築」やキャンセル・カルチャーが、自由や進歩を否定することによって民主主義社会の解体リスクを高めているのだ。

実証主義者の論とは反対に、著者は、「デモクラシーとは、全ての歴史的な社会や個人の持つ唯一性と本質的で根本的な関係を持つ」とする。この個々の唯一性、特別さを意識するために、最も重要なものがユマニスムだ。


文学者、歴史家、哲学者、モラリスト、芸術従事者や評論家はもちろんだが、政治科学、地政学者、心理学者、社会学者、経済学者なども大きな役割を担う。

根拠のないさまざまな言説への軽信、噂や虚言、順応主義、即時性の優先、情動の煽り、支配的イデオロギーによる圧制、逆に少数派による支配的意見、さまざまな愚かさなどと戦うためには、「価値観の伝達」に勝るものはない。

人々の間の対立を「思想の対立」として対話を試み、敵の物理的殲滅を「協力」に置き換えなくてはならないというのに、今や、批判力、識別力を養うための学習や研究はどんどん減らされている。


自由民主主義が弱体化しつつある今の時代にとっての死活問題だ。

言い換えれば、それは、受動的な傾向、識別力の欠如、素早く本能的な行動、そして信じやすい性格の発達によって影響を受ける可能性のある操作から個人自身を守るという問題である。


あらゆる情報源、特にデジタル・ツールで拡散される根拠のない考えや狂信はもとより、知識や反省、意見に基づく推論を欠く先験的で誤った情報源、貧弱な言語能力で展開される教義や独断的を前にして、各自の精神の発展を促すことこそが、ヒューマニズムの文化だ。


多くの人が民主主義に幻滅している。けれどもその実態は、程度は低いが真の民主主義の外見だけを装い、スペクタクル政治とエリートによる権力の共有によって腐敗したこの「ポスト民主主義」への幻滅なのだ。


寛容、良心の自由、謙虚さ、議論の重要性とはすべて、真実を所有しているという独裁者の主張と、自由を損なって、すべてを知っていると主張する最悪の全体主義につながる思い込みへの防波堤である。


エンツォ・ディ・ヌオシオは、哲学の研究とは、イデオロギーを導くものの考え方や方法から距離を置き、不確実性を受け入れながら、疑問を持ち、真実を探求する道に人を導くことによって、民主主義の実践を促進することなのだと主張する。


偏見や独断主義の虜になるのではなく、倫理、アイデアの交換と対立によって動かされ、進むのが、自由への道だ。


というレジュメ、100%同意する。

フィリップ・ネモは、例えば、350冊の小説を読めば350通りの社会や人生や考え方、感じ方、生き方を追体験することになるので、それだけで全体主義的言説への防波堤になるという。

近頃は、大学でも「人文科学」のシェアが減っているという。「産学共同」がスタンダードになったような世界で、コスパやタイパが追及される。
もう一度コピーしよう。

>>著者の言う「デモクラシー」とは、自由選挙を最大価値とするだけのものではない。個人のリスペクト、思想と表現の自由、市場経済をも前提とするもので、その意味ではカール・ポパーの「開かれた社会」や「法治国家」概念と共通する<<

選挙でマジョリティになるだけがすべてなら、理念はいらないし、思想と表現の自由も市場経済もいらない。カネとコネで、あるいは脅迫によって「民主的」に政権を獲得すれば何でもできる。
マジョリティによる全体主義がはびこる。

では、そのようにして経済力、軍事力をつけた全体主義国家や独裁政権の国が、こぞって「欧米デモクラシーの終焉」を掲げ、欧米デモクラシーの押しつけから解放されたかのようにふるまうことが「潮流」となっているのはなぜだろう。(続く)

by mariastella | 2024-06-25 00:05 |
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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