西洋に「謝罪」を求めるのが簡単なわけ カメル・ダウド
(前の記事の続きです)
Marianne誌の2024/6/20-26号の巻末に、カメル・ダウドが寄稿しているので買い求めた。 カメル・ダウドのことは、今は日本語のwikiにも記載されていたのでリンクしておく。 このブログでも何度も触れている。 彼が、どうして今の世界で、キャンセルカルチャーが流行り、過去の人種差別や性差別、植民地主義が執拗に追及されるのかについて興味深いことを書いている。 確かに、過去の「西洋列強」による「白人優越主義」はあったし、是正すべきであるのは当然の流れだろう。 けれども、「西洋」だけが責められ、「西洋」に罪悪感を抱かせるという状況が定着しているのはなぜだろう。 例えば、ダウドさんの国のモロッコでは、ブラック・アフリカから流れてくる大量の難民を「国境」で押しとどめたり、難民認定の審査のために収容所に入れたりなどしない。そのまま、砂漠に放置するのだそうだ。そして、難民たちは、飢えと渇きで死ぬ。 その現実から目をそらすには「西洋」をクローズアップすればいい。「西洋」は非難されれば謝罪して、補償を提供するからだ。 実際に、ヨーロッパの国はアフリカ大陸からの難民に病院、社会援助、低家賃住宅などを提供するし、フランスのように「植民地ミュージアム」まで創設して「過去の過ち」を検証する。「謝罪」度は、政党の争いにも利用される。 アラブ人が過去に奴隷貿易に関わっていた事実などどうでもいい。 西洋は、もうとっくに「帝国」の覇権を失っているというのに、相変わらず「自分たちの罪」だけを語る。過去の過ちを言い立てられるだけで、全てを譲歩する。まるで「罪」が、王朝のように、血統で伝えられていくかのようだ。 その理由は? 考えられるのは、 西洋覇権主義が倒錯したマゾヒズムに陥っているということ。西洋にとっては、過去のすべてが悪かったと認めるので、ある意味で、その「すべて」を維持する方法につながる。全面的に罪を認めることは「全面」を担うことの究極の肯定だというわけだ。 または、 虚栄の一種。西洋は世界の「中心」であり続けたい。単にすべてを失うよりも、誇らしい殉教者のように十字架にかかる唯一の権利を保持したい。 あるいは、 西洋が世界に占める「父権」を維持したい。キリスト教から月面着陸まで、「文明」的征服を維持したい。経済力や軍事力をつけたグローバル・サウスが西洋を責めるのは、エディプス・コンプレックスの一種で、同性の父親に向ける敵意なのだ。つまり、「父親」ポジションは維持できる。 では、今やすべてを失ったかに見えるこの「父親」が責められているのは何だろう。 植民地主義、反イスラム主義、人種差別… 罪悪感創出者たちは、ここから利益を引き出そうとし、情動を利用する。 マグレブが黒人を砂漠に放置することですら、西洋の腐った覇権主義の名残りなのだと結論するのだ。 過去に西洋から植民地化されていた国は、「永遠の犠牲者」であって、何をしても罪に問われない。 フランスにごく近い場所で展開しているこの「砂漠への棄民」を非難、断罪する声はない。 なぜなら、「罪を犯した」という知的特権を維持するのは西洋だからだ。 西洋は「世界」への責任がある。つまり、今でも「教師」の立場だということだ。 西洋は、 イスラムを憎むから有罪、 植民地を作ったから有罪、 難民のすべてを受け入れないから有罪。 過去の歴史を盾にとって非難すると、西洋はうつむき、視線を落とす。その方が武器で対抗するより効果的だからだ。 その結果、過去の「罪」を攻撃し、「謝罪」を求めると、必ず保障を引き出せる。 西洋は「過去の栄光=罪」の中に閉じこもる。アフリカ諸国はそれを十分心得ている。 (マグレブ人は、フランスの自虐、謝罪ぶりに、モンテスキューの「ペルシャ人の手紙」のように驚くという。「ペルシャ人の手紙」は啓蒙の世紀に、中東のイスラム世界の視点からフランスの社会や政治を批判するという内容だ。) この説明には、なるほどと思った。 同時に、日本と日本の旧植民地国との関係に当然思いをはせる。 「文化、文明」という点では、日本はいつも、中国や朝鮮半島を経由して「文化」を取り入れてきた。さまざまな技術や道具や、文字も、宗教や思想もそうだ。人種的にも混血もしているし区別がつかない。 日本の「植民地主義」は、「西洋」の植民地にならないためにいち早く攘夷をやめて「洋才」の輸入を徹底したことで、軍事力や経済力を貯えたことで、他のアジア諸国に「優越」したことに起因している。 「大東亜」作戦も、その延長で理解は可能だ。「西洋」からの圧力や差別を撤廃することはできなかったからだ。 「文化」「文明」の点では、日本が東アジアを「啓蒙」したり「征服」したりという歴史はない。 その日本と、日本を占領した米軍との関係はどうだろう。また、「西洋」の一員化しているというポジションはどうなのだろう。「旧植民地」からやはり絶えず「謝罪」を求められている状況はどうなのだろう。 グローバルサウスに敵視される「欧米」「西洋」、「民主主義」の陣営にいることのリスクはどの程度なのだろう。 前日の記事に書いたように、今の「民主主義」からは人文科学的根拠がほとんど消えてしまった。 このことについて分析 と考察を続けたい。 (そういえば、論語のこんな部分。「成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず」というのはどうなんだろう。一度は過去と距離を置いてみた方がいいというのは分かる。) s
by mariastella
| 2024-06-26 00:05
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