(前の記事の続きです。)
「冒瀆!」展を見た後で、正面入り口の奥から入るもう一つの展示会を見に行く。
ここももちろん無料でフリーパス。
この文書館の成り立ちから言っても、フランス革命がアイデンティティであり、共和国の「自由、平等、友愛」
がデフォルトという小宇宙をなしている感じで、治安についての不安ばかりが煽られている昨今の空気とは別世界だ。
で、半世紀前、1974年の11月に、国会で厚生大臣だったシモーヌ・ヴェイユが男ばかりの議員たちを前にして、人工妊娠中絶法の法案を提出した記念の展示会。
ホロコーストの生き残りでもある彼女のこの時の演説は、1981年のロベール・バダンテール(ヴェイユと同世代でやはりユダヤ人)の死刑廃止演説と同じくらい、画期的なものだった。
ホロコーストの時代を生き抜いたユダヤ人政治家の不屈さには共通したものがある。
私もフランスで知り合った私より少し若い友人から、この法律成立以前にイギリスで中絶したという話を聞いたことがある。日本では当時すでに中絶のハードルが低いことは知っていたから、フランスって「意外に遅れている」んだなあと思ったことがある。でも、この展示会で初めて彼女の演説をビデオで視聴して、原稿も読んで、ウォーキズムに根差したネオフェミニズムとは対極にある言葉にあらためて共感を持った。
「子供を産もうと中絶しようとそれは女性の絶対の権利」と意気揚々と叫ぶのではない。
どんな経緯によるものであれ、どんな状況での中絶であれ、中絶は女性によって心身のトラウマになる重い決断であって、政府や行政、社会はそれぞれの女性をそれぞれの形でサポートしなければならない」ということだ。
この演説の後、フランス中から女性による感謝の手紙が届いたものも保管されている。もちろん罵倒や脅迫の手紙もあった。
当時はプロンプターなどもちろんないから、タイプされた原稿を読んだ。国会議長や議員たちへの挨拶は忘れないように手書きで赤で書き加えられている。ところどころに「ここでいったん休む」とか「水を飲む」などとも赤で書き込んであった。彼女は特に雄弁家というわけでなく、この原稿演説を何度も練習したということだ。で、運命の45分間。

左が手書き原稿。添削の意味を考えながら読むのも興味深い。

それにしても、この国立文書館ミュージアム、警備スタッフの姿も見えず、リラックスしていながら何となく「誇らしいげ」なたたずまいだ。
パリを訪れる人はぜひ足を延ばしてみてください。