コペルニクスの自己防衛法コペルニクスと言えば、天動説を「ひっくり返して」地動説を唱えた「コペルニクス的転回」(カント)で知られているけれど、どうしてガリレオ・ガリレイと違って異端審問にかけられて地動説を引っ込めざるを得ないなどの目にあわなかったのだろう。 天文学の歴史における偉人と言えばガリレイやケプラー。 コペルニクスは地味だ。 ガリレイはイタリア人。 コペルニクスはポーランド人。1473年生まれで、18歳でクラクフ大学で数学、医学、天文学、法学などを学ぶが、何より「数学者」だった。司祭の資格を得て、23歳でボローニャ大学でさらに医学、法学、天文学を研究し、バルト海沿岸のポーランドの司教区の参事会員になった。で、カテドラルの先頭の高みからずっと星を観察して、と言いたいが、ガリレオ・ガリレイが使った望遠鏡ができたのは1609年のこと、コペルニクスは肉眼と木でできた望遠鏡まがいの道具で観察していたという。 しかし、別に空を眺めて地動説に到達したのではなく、すべては数学的に計算したものだった。 地動説の仮説は紀元前3世紀にギリシャ人、サモスのアリスタルコスが唱えていたが、コペルニクスは知らなかった。 ヨーロッパのキリスト教世界では、アリストテレスの天動説を二世紀にプトレマイオスが補強したまま、地球は宇宙の不動の中心だった。それは中世まで続いていたけれど、そのままでは惑星の動きが完全に説明できないことは分かっていた。 コペルニクスは、計算によって、地動説ですべてが説明できることを確信した。 それなのに、彼が地動説を公表したのは最晩年だった。 地動説の理論がまだ完璧ではないと思ったからか、神学者たちの反応を恐れたからか、その両方だったのかは分からない。 1510年、37歳の時に匿名で、同人誌の形で最初の地動説理論を発表し、それが知識人の間に広まってローマにまで届いた。当時の教皇も容認していた。 さらに完璧を期したが、司教区の行政、財産管理、医者としての活動、1520年にはチュートン騎士団の侵攻を防衛するなど、多忙だった。 出版を決心するのは1543年、70歳で、『天球の回転について』の校正刷りを枕元においたまま(と言われる)脳溢血で死去した。うかがえる 本は当時の教皇パウルス三世に献呈されていて、教皇庁との摩擦はなかったのがうかがえる。 グレゴリウス13世は、ユリウス典礼暦をグレゴリオ暦に変更している。 4世紀、アウグスチヌスの時代から、創世記を原理主義的に文字通り解釈することは警戒されていた。神は天と地を創造したが、天動説が書かれているわけではない。 しかも、どんな文化においても、人間が生きて死ぬ「地上」は「低次元」で、頭上に広がる「天空」は、到達すべき高みであるという考えが存在するように、「地球中心主義」は普遍的な確信ではなかった。 コペルニクス理論がもたらした断絶は、教会と科学の断絶ではなく、宇宙と地球の境界を消滅させたことだった。 後に、精神分析学は、天動説の断念は、人類のナルシシズムを傷つけるがゆえに時間がかかったのだとみなす。宇宙の中心から投げ出されはとに抵抗があったのだ。
しかし、16世紀後半からプロテスタントの勢いが強くなり(ルターは地動説に反対)、1610年にガリレイが天体観測に基づいてコペルニクスの「計算」の正しさを主張してから、教皇庁の締め付けが厳しくなった。 1616年、初版から73年も経た後で、コペルニクスの本が禁書に指定された。 ガリレイは1633年に地動説を断念する。 コペルニクスの著作の詳細な解説本は2015年にようやく日の目を見た。 コペルニクスのような実務家、優秀な行政官が、新理論に確信を持ちながら、最大のリスク管理を選んだのは興味深い。
自分の理論を理解できるエリートにだけ紹介したことは、今で言うと、広く一般に向けて意見を述べるのでなく会員制ブログサイトでだけ披露したり、匿名を貫いたりすることに似ている。 歴史の文脈が見誤れば、「炎上」は、「火刑」にだってつながりかねないのだ。 16世紀という時代に70歳まで生きながら、長年温めてきた理論を公にしなかったという危機管理、時代の認識、自己防衛には感心するばかりだ。
(コペルニクスの正確な経歴や理論については日本語のwikipediaに詳しく載っているので興味ある人はどうぞ)
by mariastella
| 2024-08-09 00:05
| 雑感
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