昨日の記事の続きになるが、開会式一週間前ということでセーヌ河畔に沿って柵がはりめぐらされたと同じ日の朝に、今はパリの小教区教会でもあるマドレーヌ寺院で、オリンピック休戦のミサが執り行われて実況中継された。
マドレーヌは屋根に十字架が立てられていない教会だ。ギリシャ風の柱が並んだネオクラシックの教会建築だから、オリンピックのギリシャ起源にマッチしているとも言える。
IOCのバッハ会長がローマ教皇を訪問した時から企画されたもので、いつもなら「政教分離」のうるさいフランスで、それも社会党の市長であるイダルゴが、スポーツ相やら文化相(総選挙以前からの仮内閣のままだが)も伴って、恭しく出席する姿も不思議だった。各国の外交官らも含めた1000人の参加者があった。最後に白鳩を空に放ち、とにかくひたすら「平和」を祈るもので、それはいい。
今のフランスも、ボーイスカウトの伝統とは別に、スポーツをする司祭が増えて、信仰に関わらず、地域の子供たちを集めてサッカー練習などを提供している司祭もかなり見られるようになってきた。
休戦は、パラリンピック閉会の一週間後まで続く予定で、国連も推奨しているのだけれど、実際の効力など何もない。
東京オリンピックの時も、形だけにせよこんな「休戦期間」があったのだろうか。
確かに近代オリンピックはフランスのドミニコ会士ディドン神父がクーベルタンと共に構想したもので、カトリックとの関係は深い。
パリのカトリック当局(?)は、オリンピック期間中すべての教会を開けて、誰もが訪れる巡礼の旅のようにしたい、などと言っている。オリンピック村には40人ほどの司祭が常駐するそうだ。もちろん牧師やイマムやラビや他の宗教者も来るのだとしても、カトリックが一番力を入れているようなのは、歴史的にも場所的にも不思議ではない。
東京のことが気になったので検索してみたら、次のような記事があった。
>>東京オリンピック・パラリンピック競技大会におけるオリンピック休戦期間が7月16日から始まった。2019年12月に開催された第74回国連総会において、186カ国が共同提案国となり「スポーツとオリンピック精神を通じた平和でより良い世界の構築」に係る決議が採択されている。
これは、東京2020大会に参加する選手や競技役員など全ての大会参加者の安全な通行・アクセスを確保するために、各国が個別的且つ集団的にオリンピック休戦を遵守し、その他適切な措置を講じて東京2020大会の安全な開催を約束するもの。
大会の延期に伴う休戦期間の変更については2020年7月に再度採択されており、東京2020大会のオリンピック休戦は、オリンピック開会式の7日前となる2021年7月16日からパラリンピック閉会式の7日後となる2021年9月12日までとなっている。<<
とあった。
「東京2020大会に参加する選手や競技役員など全ての大会参加者の安全な通行・アクセスを確保するために、各国が個別的且つ集団的にオリンピック休戦を遵守し、その他適切な措置を講じて東京2020大会の安全な開催を約束するもの。」って..,。
「休戦」とあるからには当然「平和」が目指されるのに、「安全」という言葉だけ。古代ギリシャのオリンピックから考えても何か違うような。
ましてや、宗教的な祈りのセレモニーが公式にあったとは思えない。
「平和ボケ」していると言われて久しい日本の「休戦」感覚と、「政教分離」ライシテが国是なのに「お祭り」になると何でもありなのかと思わされるパリの「休戦」感覚との違いに複雑な気分にさせられた。