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L'art de croire             竹下節子ブログ

トクヴィルとアメリカ民主主義

アメリカの民主主義を語る時、必ず引き合いに出されるのが、アレクシス・トクヴィルがフランス語で書いた『デモクラシーについて』という本だ。

この本は、よほど慧眼の政治学者が分析したものだろうとか、世界最初の民主主義国家であるアメリカを模範にするような印象を与えるかもしれない。

実は、トクヴィルがアメリカを視察したのは1831年、25歳から26歳にかけてで、英語も堪能ではなく、僅か9ヶ月しか滞在していない。

現在、アメリカの大統領選の混迷を見ていると、冷戦後の新自由主義政治オンリーになって以来、民主主義から理念や倫理が消えてしまったかのように思えてならない。

いや、そもそもアメリカの民主主義が「模範的」だったことなどあったのだろうかと疑問を抱いた時に、歴史雑誌L'Histoireの「合衆国―あるデモクラシーの熱狂」というという別冊(n.104)を手にした。


トクヴィルの著書だけでなくアメリカ滞在中の日記や膨大な手紙を調べた歴史学者Olivier Zunzがトクヴィルについて解説していたからだ。トクヴィルの全著作集は1952年から始まって2022年にようやく完結した。父親を含めた宛先の人物に保管しておくよう頼んだのですべてが残っている手紙は、実に、全32巻中20巻を占めているという。


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興味深かったので、忘れないように要約しておく。


トクヴィルはルイ16世が裁判にかけられた時の弁護人であったマルゼルブの曽孫に当たるが、マルゼルブも処刑されたので、ナポレオンが敗れた後の王政復古(1815-1830)の時代には革命の犠牲者の子孫として特権を与えられた。1927年に法学士となった後ですぐにベルサイユの法廷の見習い判事の地位を得た。けれども彼は理論より実践、政治家になりたかった。同時に、革命で目指された民主主義の時代が必ずやってくると感じていた。そして、民主主義の時代が来るならば、由緒ある貴族の出自である自分はいったいどのように生きることができるのだろうか。


フランスは、三十年に満たない期間に、絶対王政から、立憲君主制に移行し、その後で共和国、ナポレオンの帝国を経て、王政に戻るという目まぐるしい時代の変化を生きていた。フランス人の目は王政を維持し続けているイギリスに向けられていた。

けれどもトクヴィルにとっては1787年の憲法によって市民全体が権力を持つという真の民主主義であると見えたアメリカの体制を知りたかった。

フランスでは1830年の7月革命で、帝政後の王政復古が終わり、「フランス王」でなく「フランス人の王」としてオルレアン公ルイ・フィリップが即位していた。

革命や帝政について歴史の評価ができるほどの距離がなく、不穏な時代だ。

若いトクヴィルが将来に思いをはせてアメリカに目を向けたのは理解できる


1831年に友人のギュスターヴ・ド・ボーモンと共に、アメリカの刑務所を視察するという名目で長期休暇を願い出た。フランスはギロチン刑の時代から、刑務所時代に移行していた。「社会復帰」を視野に入れた刑務所システムが先行しているというアメリカの実態を調査するのが目的だった。

実際は、アメリカ市民や社会の実態を知ることが目的で、200人以上から話を聞くことができた。

その中にはボストンのエリートの民主主義を継承しながらも人民主権の将来に懐疑的な者もいた。

刑務所では、受刑者の日常生活を体験した。 


民主主義とは一人一人が自制するもので、自由を学ぶことは困難であり、自由と平等のバランスを理解しなくてはならない。トクヴィルにとって自由とはポジティヴな意思のアクションだった。しかし生まれながらの貴族の身分としては、「平等」は愚民化に通じるものにも見えた。

民主主義においては自由と平等は離すことができないが、アメリカでは、「白人の男たちの間の平等こそが自由の行使を可能にしている」のだ。

もう一つの発見は、アメリカではすべてのアクションがより小規模な共同体から出発していることだ。政治においても、連邦に先行して州があり、州に先行して町がある。フランスのような中央集権とは逆の社会だった。町のレベルですべてを決めることができる。すべての専制を防ぐために、中央に政府があり地方に行政が拡散している。


州を連邦に優先させるというのは建国の父たちが目指したことだ。でも、中心人物であるワシントンやジェイムズ・マディソンは、すでに、あるグループが自分のグループの利益のために他の市民の権利を制限するリスクに、政府が介入できない可能性を語っていた。

トクヴィルは各種団体の重要性に注目し、政党と各種団体とプレスとの協働の重要性を強調して、それはその後のアメリカ政治理論に欠かせない視点となった。

トクヴィルが視察した頃のアメリカでは保護主義者と自由貿易主義者の対立があった。「政治家」ではない人が、それぞれの信念を主張して集まることの大切さがトクヴィルに印象づけられた。例えば当時、プロテスタントの運動の一環としてフィラデルフィアで結成された「アルコールの害と戦う」アソシエーションなどだ。

はたして、トクヴィルはアメリカの民主主義を理想化していたのだろうか?

確かにトクヴィルの観察したアメリカは、建国の東部13州を中心に見たアメリカだった。

しかもすべてを見たわけではない。例えばマサチューセッツのLowell Lynnなど新興工業都市の実態は知らなかった。

『デモクラシーについて』の第一巻を1835年に出した後で、イギリスのマンチェスターで新興工業都市の実態を実見したことで、デモクラシーは社会の工業化によっていつか脅かされること、産業を牛耳る新しい貴族階級が民衆の上に立つことの危険を語った。(第二巻は五年後)


(続く)




by mariastella | 2024-09-05 00:05 | 歴史
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