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L'art de croire             竹下節子ブログ

トクヴィルとアメリカ民主主義  (続き)

(前の記事の続きです。)


トクヴィルは米英仏独を比較したが、アメリカの原点にあるプロテスタント原理主義には触れていない。当時、NYでは聖書の配布があり、工場地帯への布教も進んでいた。

けれども、フランス人貴族でカトリックであるトクヴィルはアメリカでも、いつもカトリックの司祭を訪問していたので、プロテスタントの実態を掘り下げることはなかったのだ。

トクヴィルが唯一交流したのはハーヴァード大学周縁で増えつつあるユニテリアンだった。

ユニテリアンは三位一体の教義を否定するが、ピューリタンと違って、インテリ層、富裕層に広まっていたから、トクヴィルは、この宗派が将来もっとも力を持つだろうと思った。

当時はニューイングランドなど牧師が税を徴収する州もあったが、ユニテリアンと交流したトクヴィルは、アメリカは宗教的な国ではあるが民主主義は政教分離していると考えた。

しかし、連邦制がうまくいくことへの懸念はあった。トクヴィルと親しく、後にハーヴァード大学野学長となるユニテリアン牧師ジャレド・スパークスも「多数派がいつも正しいというのがこの国のドグマなのだ」と口にしていた。

北部と南部での経済が乖離しているのも問題だった。

北部の工業地帯はヨーロッパから自国の産業を守るために関税をかけようとしたが、南部は農作物輸出のために関税を下げたいなど、利益が相反するなど統一が取れなかった。結局、合衆国の連邦法が州法に優先することに制限がかけられ、それは今に至るまで、死刑制度や中絶法なども議論の的になっている。


トクヴィルが唱えた民主主義の根幹となる「自由と平等」の共存が最も疑われたのが、奴隷制廃止論者と存続論者の反目が増大した時代で、南北戦争の間にトクヴィルの本は再ブームとなった。

もっとも、トクヴィルは奴隷制についてページを割いてはいない。

『民主主義について』の中にはアメリカ領土に住む三種の人種の現状と将来についてという章がある。奴隷制については激しく批判をしているにも関わらず、「民主主義体制」について論じる時には人種差別は出てこない。トクヴィルの「民主主義」とは「白人(男性)の民主主義」であり、マイノリティもいつか統合されるべきだと言っているだけだ。

実際に南部のプランテーションに赴いたことはなかったが、1825-29年に大統領だったジョン・クィンシー・アダムスなどから情報を提供されて奴隷制がアメリカの大問題だとは意識していた。オハイオの川下りをした時に、北側の工業地帯には労働者が見えるのに、南側には労働者の姿がなく、つらい仕事に従事している黒人の姿ばかりがあったことを父親への手紙で書いている。奴隷制が労働の価値を落とし、働かない白人たちを増やしているという現象だ。


黒人ではなくアメリカ先住民については、近くで観察することが三度あった。NY州の北で酩酊状態の物乞いを見たこと、ミシガンの森で昔ながらの暮らしを営む先住民の伝統的な部落を見学したことのほかに、住むところを追われた先住民の一族が、ミシシッピー川を渡って移住していくのを目撃した。1830年のIndian Removal Actにより、土地を白人に譲らない先住民が強制移住させられたのだ。

トクヴィルの情報提供者の一人サム(サミュエル)・ヒューストン(テキサス共和国知事でその名をヒューストン市に残す)はチェロキー族について深い知識を持ち、先住民の知性を認めていたが、ジャクソン大統領の政策に刃向うことはなかった。

トクヴィルは著書の中で先住民が被った暴力を批判しているが、同時に、彼らはやがて消滅する運命にあるだろうと述べている。


トクヴィルはアメリカの連邦制民主主義を無条件でフランスの模範とみていたわけではない。反面教師でもあった。

帰国後、七月王政下の議員としての活動ではアメリカでの体験が色濃く反映された。

最初の委員会ではカリブ海植民地の奴隷制廃止を提唱し、次に、犯罪者の社会復帰と刑務所の改革、そして政教分離を唱えた。


トクヴィルは植民地廃止主義ではなかった。フランス本土で土地所有者にはなれない市民が、アルジェリアで資産を形成できるという安全弁を提供できる可能性を残すことは、アメリカ人が西部を開拓することで内戦を避けることと同じだと思えたのだ。


彼は、1948年の二月革命で成立したフランス革命以来の第二共和制の憲法起草委員会のメンバーにもなった。第二共和制は直接普通選挙の導入で直接選挙による大統領選出が決まったが、トクヴィルが提唱した「二院制」は採用されなかった。


20代の9ヶ月半のアメリカ視察は、西洋の「民主主義」にもフランスの政治にも大きな影響を与えたのだ。


以上。


Sekko :

私の感想としては、ユニテリアンとユニヴァーサリズム、フリーメイスンとの関係を掘り下げたい。ユニテリアンはユニヴァーサリストと合体するのだがインテリ層の自由神学というイメージだ。でも、彼らの唱える「万人救済」とフランスの共和国主義のユニヴァーサリズムとは別物だ。「西洋普遍主義を押し付けるな」という文脈で語られるものはこのプロテスタントの流れにある。今の世界、選挙さえしていれば「民主主義」で、集票などどうにでもなるというビジネスで動くのが「西洋」で、専制政治の国でも、資源や人口が豊かであれば経済成長が可能だという実態がある。

アメリカのような特殊な成り立ちの国の「特殊さ」は、「アメリカの特殊さ」なのであって「西洋の特殊さ」ではないことが、日本にいると見えてこないけれど、フランスにいるとよく理解できる。あらためてじっくりと分析してみたい。


(また、アメリカにいるアメリカ人の「当事者」たちにはなかなか見えないことが、非アングロサクソンのフランスから来た25歳の明晰なトクヴィルには見えていたという事実に共感を覚えた。半世紀近くフランスに住んでいるからこそ見えることがたくさんあるし、それが時と共に熟成?していくことを実感するからだ。)



by mariastella | 2024-09-06 00:05 | 歴史
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