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L'art de croire             竹下節子ブログ

もらい泣き

Paris 2024 というタイトルでパリとその近郊を席巻したパリ五輪とパラリンピック。

9/8の閉会式の後で自国に戻り始めたパラ選手たちは空港で困らないように十分な配慮を受け、みな一様に感激していた。

こういうイベントでは、「感激」「感動」「感謝」などという言葉はありふれているのでもうあまり反応しないのだけれど、障碍を持つアスリートたちの感激には実感がこもっていた。
障碍がなく普通に国際大会や選手権で外国に出ている選手たちにとっては開会や閉会の「感激」には、「結果」というファクターにも左右されるだろう。ファンから期待されていたのに思った結果が出せなかったなどで悔しい思いを引きずっている人も多いだろう。

でも、障碍と生きているアスリートは、それでなくとも、「表舞台」の活躍や、外国旅行などを気軽には楽しめないのがほとんどだろう。

それなのに、いきなり、「花の都」パリ、しかも競技場に閉じ込められることなく、シャンゼリゼを行進したり、パリの観光名所で競技することができた。結果にかかわらず競技の後のお祭り騒ぎにも招かれた。
オリンピックではいろいろな不満が続出したという選手村(これは1924年のパリオリンピックが発祥)での厚遇にも感激していた。ボランティアも、医療施設も、歯科医も、婦人科もあり、車椅子や義手義足などの修理や調整を含むあらゆる検査も無料だ。(これにはオリンピックの時から、医療費が高いアメリカの選手たちも感激していた。)あらゆるサポートも、料理も最高だった、と言っている。
エコロジー優先の健康志向の選手村のメニューは超健常者である一流アスリートからは文句がでたかもしれないけれど、パラ・アスリートのさまざまな状態に細やかに対応し、しかも、グルメの国フランスの雰囲気を味わうことができたのだ。

彼らの「感激」ぶりの報道は、別に「フランス万歳」のナショナリズムとは関係ない。暫定内閣が2ヶ月以上も続いた後の新首相誕生で祭りの後の現実に戻ったフランスでは、「パラリンピックの成功」など限りなく影が薄いからだ。

でも、このパラリンピックでもお祭り騒ぎを最後まで続けたフランスがパラアスリートたちを勇気づけて幸福感を与えたことは事実で、この事実だけで、フランスは捨てたものじゃないと思った。

9/10の夜、TVの公共放送でオリパラ回顧のドキュメンタリーが放送された。
その予告のスポットが昼のニュースで少し流された。

驚くことがあった。
その中のたった数秒のシーンを見て、すぐに目に涙がにじんだのだ。

それは、開会式や閉会式の総合プロデューサーだったトマ・ジョリが、ぎりぎりになって開会式の時間が大雨になることを知った時の場面だ。
「雨…」、ショックを受けた彼はしゃくり上げ始めた。
抱きかかえてて慰める人がいた。

トマ・ジョリはいつも自信満々、選手団をセーヌ河を船で行進させるという革命的なアイディア、セーヌの河畔で次々とショーを展開するという演出について、何年も準備してきた。

国際情勢が緊迫する中、パリのセキュリティも懸念されていて、この開会式の演出を中止するようにアメリカとイスラエルから圧力をかけられていた。

それを強行。内容も、自虐的で挑発的で皮肉でメガロなパリジャンの傲慢さが全開だった。で、天気。開会式の天気予報はひと月前位の長期予報から毎日何度もメディアで言及され、ほぼ問題なしとされていた。
ほんの2、3日前まで、天気は崩れるけれど、開会式のこの日だけは持ち直す見込みだと天気予報が言っていた。
実際、台風というものも存在しないし、パリの雨は、傘をささずに歩く人の方が多いくらいで、一時強く降っても、すぐに降りやむ、というのが「常識」だった。
開会式で多少の雨が降っても、4時間も続くのだから、セーヌの夕焼けも見てもらえるだろうと誰もが思っていた。

それが、当日、全滅、開会式の間中ほぼ「土砂降り」と予想され、朝から緊急会議、その通りになった。
セーヌ河畔に2900€の特等席を買った観客にも「屋根」はない。
あまりにもの「運の悪さ」に笑えるほどだった。

演出における「冒瀆」を批判して「天罰」だという人や、逆にそれでも楽しそうにしていた選手たちを見て、かえって団結力が高まった、あの雨こそがこの五輪の運命的な始まりとなった、という人もいた。雨で滑ったダンサーもいたし、小さな事故も遭ったに違いない。

私はそれはそれで、「観察」して、それにまつわるコメントを渉猟しながら政治状況もあわせて興味深く分析していたのだけれど、トマ・ジョリに関しては、一応大事故もなくテロリストの妨害もなく過ぎた他のだからまあほっとしただろうと思っただけだ。閉会式もパラの開会式(この時、パラアスリートがびしょぬれになるなどということがなくてよかったなあ、とみんな思ったと思う)も晴天で、パラの閉会式にまた雨が降ったのは「これで輪が閉じた」などと言われたが、みなが傘や雨合羽を支給されていた。

で、コロナ禍での東京オリンピックとの対比があまりにも極端だったので、いろいろ整理していたので、オリパラ回顧のドキュメンタリーなんてありきたりだろうからスルーしてもいいなあ、と思っていたのに、予告のテレビで数秒トマ・ジョリが泣いているのを見た時、すぐにもらい泣きしてしまった。

あれだけの演出を準備したメガロマニーのトマ・ジョリ、どんな批判も受けて立つ気満々のトマ・ジョリ、歴史に残る、フランス史、パリ史に残る驚きのプロデュースの栄光を信じて疑わないトマ・ジョリが…。開会式に合わせたかのようなタイミングでの豪雨。そういう場合も「想定」するという代替案などなかったという絶体絶命。
(その日の午後にレディガガのリハーサルだけはカメラに収めて、夜の雨で無理ならばビデオで流すという最低限の準備はできていた。)

咄嗟にトマ・ジョリにできることは「泣く」ことだった、という驚き。

統計的には考えられなくとも、長期予報も中期予報も外れたにしても、「豪雨」が確定と知った時の彼の身も世もない涙にもらい泣きした自分も不思議だった。

共感って、すごいなあ。

夜になって実際のドキュメンタリーを見て、トニー・エスタンゲの緊張もびんびん伝わってきた。

それにしても…。選手たちはもちろんだろうが、観客も大写しになって感動を伝えているので、思わず肖像権ってどうなっているのだろう、切符を購入したり観客として道にいる人たちは肖像権フリー同意することが前提なのだろうか。このタイプのイベントでプロのカメラの映す範囲にいる人たちには常識なのかもしれない。

こんなドキュメンタリーを見ていると、表情って大事、というか、表情がすべてだなあ、とさえ思う。コロナ禍での大人のマスク着用が子供たちに与えた悪影響を思うとあらためて心が痛む。

(付記)パラリンピックでの「障碍」や「障碍者」の「見える」化が推進されて人々の視線が変わったというけれど、あるカトリック関係のジャーナリストが

「障碍者差別をなくすなら、人生の最初と最後における障碍の排除もなくすべきだ」

という趣旨のことを言っていた。「障碍者排除」とは「優生思想」に他ならない。
妊娠中の遺伝子検査で異常があることが判明すれば中絶するとか、重い障碍をかかえた新生児に救命措置をしないとか、病気や高齢のために自力では生きていけなくなったり寝たきりで意識もはっきりしなくなったりした人を「安楽死」させるということにつながる。

パラリンピックでは「障碍」を抱えていても、「健常者」を超える精神力や身体能力があり、それを発揮できる機会に恵まれた選手が人々を「感動」させてくれた。

「高齢」や「病気」によって、「健常」から滑り落ちて精神力も身体能力も失い、人を感動させるどころか社会の「重荷」になっていくリスクはだれにでもある。

パラリンピックがまぶしい。

by mariastella | 2024-09-21 00:05 | パリのオリパラ
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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