先日、ローマ教皇フランシスコが、在位で最長の12日間のアジア・オセアニア4 ヶ国訪問を終えて無事に帰途についた。(インドネシア、パプアニューギニア、東ティモール、シンガポール)
帰りの飛行機でいつものように記者の質問に答える様子は、「往き」よりも元気そうだったという。
88歳で国家元首と宗教首長を兼ね、もとより片肺のハンディがあり、今はさらに複数のハンディを抱えている。
ローマカトリック初の南半球出身教皇であり、ヴァティカンのイタリア派閥や北半球のカトリックの司教らからの反発も大きい。
それでも、今やカトリック信徒の80%は南半球にいるのだから、彼の「南」志向は当然だし、就任の最初から、「教会」の門から外に出て、助けを必要としているすべての人と交わることを表明していた。
インドネシアではイスラム教のイマム代表とすぐに平和志向の声明を出して署名した。「声明だけでは弱い、文書に残さなくてはならない」という信念があるからだ。高齢化の進むシンガポールでは高齢者施設も訪問した。公的な活動ばかりで世界のメディアから注目されながら、移動を重ねる12日間。(日程だけでも私には絶対無理。)
で、帰りには往きより「若返っていた」そうだ。
12月8日にパリのノートルダムの修復後初めてのミサに出席することが期待されていたのだが、この長旅から帰国するとすぐに「パリにはいかない」と言明した。伝統の栄光を担保することは彼の優先時ではない。ローマカトリックが権勢を誇った地域でのシンボリックな行事に威光を付け加えることなど彼の「to-do list」にはないのだろう。
一貫している。
年齢からも、健康状態からも、彼の治世が「もう長くない」とみているヴァティカン内の思惑や勢力争いはもうかなり前から話題になっているけれど、「既得権」や「世襲」などとはもとより縁のないフランシスコ、最後まで「在野」で助けを求める人々と添い遂げるのだろう。
彼の後でほぼ半世紀ぶりに「ローマの人脈に支えられたイタリア人教皇」が誕生するとしたら、それが「カトリックの黄昏」になるのかもしれない。
アメリカの大統領選についても、ハリスとトランプの対立が、過去の民主党と共和党の対立とあまりにも変わっていることに驚くばかりだ。
半世紀前は、左派民主党がペシミスティックで、右派共和党がオプティミスティックだった。その代表が共和党のレーガン大統領だった。
ところが今は、民主党のハリスが「オプティミスト」のイメージを打ち出し、共和党のトランプが「過去の栄光」を志向する内向きでペシミスティックな立場だ。
逆転している。
1973年と2023年のアメリカでの世論調査では、宗教や議会、教育などを「信頼」している人の数字は驚くほど降下しているという。議会への信頼度が、今や確か7%ほどだったろうか。
半世紀ほぼ安定して60-70%の信頼を寄せられているのが「軍隊」だというのも印象的だ。
アメリカの歴代大統領とローマ教皇、国際的な立ち位置は違っても、垣間見る「人間性」を通していろいろなことを考えさせられる。