(途中でupされてしまいました。続きを書きます。)
いつもはつい猫動画を見てしまうのだけれど、たまたま犬動画を見たら、お決まりで、次々と犬動画が表示されるようになった。
見ていると、やはり「犬飼い」はうらやましい。
私は30歳まで猫を知らずにきた。
犬は生まれた時からいたし、特に、11歳から18歳までは「子犬」を「自分の犬」としてしつけたので、それまでの犬にとっては末っ子で最下位ランクだった私は「無条件で従ってくれる」ことに感動していた。
猫飼いになってから、そのようなヒエラルキーのない世界に別の意味で感動した。
いわゆる実用の役には立たないし、かまってやろうとしても向こうの気分次第、こちらの気を使ったり気に入られようとしたりという気配はゼロ、こちらがどんなに世話をしても何の「見返り」も期待できない。それなのに、ただただ愛することができる、仕えることができる、という自分に感動したのだ。無償の愛ってあるんだなあ、とか、種族が違うのに本気で「かわいい」と思えるんだな、とか。
実際は、「見返り」がないどころか、癒されまくっている。
「犬がいれば孤独にならないが、猫がいれば孤独が怖くなくなる」と言ったのは私で、「猫を飼う喜びとは、猛獣を愛撫できる喜びである」と言ったのはヴィクトル・ユゴー。確かに猫は虎やライオンのような「孤独なるハンター」の野性味を残しているし、鋭い爪を隠し持っていながら、愛撫すると喉を鳴らしてくれる。
丸まって寝ているうちの猫に突然近づいて頭をすりつけても、目を閉じたまま喉をごろごろいわすのを聞くのは喜びでしかない。
で、そのような猫飼いの潜在的な欲望を視覚化したテーマの禅画がある。
「四睡図」というもので、大きな虎に拾得・寒山・豊干の三人が寄りかかって寝ている。みな絶対信頼の境地で、虎は笑みさえ浮かべている。
日本語のwikiを貼っておくので絵を一つずつ拡大してみてください。
新作もいろいろある。
虎と寝そべる。
猫飼いの潜在的な夢かも。
犬はかわいいけれど、口呼吸ではあはあしていることが多いし、喜ぶとなおさら口を開けている。爪は出ているし、よほどシャンプーしていないと、撫でまわすだけで「獣」のにおいがする。
猫は、ソロハンターだから爪も引っ込めて息も静か、匂いもない。
だから、ベッドで添い寝をしてくれたりおなかの上で寝られても幸せなだけ。
喉を鳴らすかすかな振動にも癒される。
それが虎だったら。
こちらが寄り添ったり枕替わりにしたりすることができる。
「四睡図」の虎、幸せそうで笑みを浮かべているのもいる。
きっと喉を鳴らしているのかも。
これが「禅の悟りの境地」なのだったら、「禅」って究極の癒しの世界なのかも。