9/25、マクロンが国連でイスラエルとレバノンに休戦を訴えて中東のの戦いがエスカレートしないことを呼びかけた。事前に個別対談をしたバイデン大統領と共同声明を出した。
その前の週末、マクロンはフランスで開かれた平和のための国際会議に出席して、熱弁をふるった。この会議は第二バチカン公会議後の1968年にローマでカトリック信徒が平和のために創設したSant'Egidio共同体が主催するもので、今は74ヶ国に6万人のメンバーがいる。さまざまな宗教の代表などが集まって平和を求める会議をしている。パリの前は2年前のローマだった。
で、こういう時、国内政治では不信任案さえ出されている「死に体」とも言えるマクロンだが、キリスト教の根本にある絶対平和主義を裏切らない形で立派な演説をする。イエズス会系の学校で学んで自ら洗礼を望んだ人だけのことはある。
で、その後、バイデンと個別会談。
これって、なかなか微妙なテイストも感じる。
同じく「死に体」とも言えるバイデンだが、彼もカトリックだからだ。
プロテスタントのトランプやハリスが大統領になる前のパフォーマンス?
そしてEUのカトリック文化圏ではEUの原型創設の功労者であるロベール・シューマンをカトリックの福者に申請しようという動きが高まっている。
EUの原点とカトリックの関係は深いのだけれど、もう一つは、このロベール・シューマンという人が「境界」に生きた人だったことが目を引く。
フランス領になったりドイツ領になったりしたアルザス地方の生まれで、ルクセンブルグに移住したり、ドイツ国籍になったりフランス国籍になったりした。
北部をドイツに占領された時のヴィシー政権で大臣になったことを非難されるが、やがて辞職して国境地帯でナチスからの亡命者たちを救援する活動に従事した。
第二次大戦後にヨーロッパを共同体としてまとめた立役者はこのロベール・シューマンの他に、彼を指示したイタリアのデ・ガスペリとドイツのアデナウアーがいる。
デ・ガスペリは、オーストリアと国境を接したチロル地方の生まれで、ウィーン大学に留学しているが、チロルのゲルマン化には反対していた。やはりアイデンティティの曖昧さを生きた。最終的にイタリア国籍になり、首相にまでなったのだ。
アデナウアはケルンの生まれで、実家はカトリックのブルジョワ家庭だ。
ドイツは長い間領邦国家で、長い宗教戦争の歴史もあり、第二次世界大戦戦後は東西に分断されていたから、アデナウアーもまた「境界」的人間だったといえる。
カトリック文化圏だという共通項を持ったこの3人はいずれも「境界」を生きてきた人たちで、だからこそ、カトリックのユニヴァーサリズムの理念で「二度と戦争をしないヨーロッパ」の基礎をつくったのだろう。
しかし、この「ヨーロッパ」も、アメリカとの関係、離脱したイギリス、大量の移民とセキュリティの問題を抱え、冷戦が終わって30年以上経つのに、「冷戦」どころか「熱戦」の気配が迫ってきている。
教皇がはじめてルクセンブルクとベルギーを訪問したことの意味や意義も考えさせられる。ヨーロッパでも最小に属する小国でありながらカトリックの根づよいルクセンブルクはタックス・ヘイブンとして「税の天国」となっている。
南半球出身の教皇が行くところにはどこでも「境界地帯」が出現する。
生まれ育った場所で戦争にも災害にも飢饉にもあわないままで生きるという形の「平和」を享受できる人がますます少なくなっていく世界で、「境界を生きる」術を知っている人たちの知恵に期待したいものだ。