10/3の夜、パリの天理日仏文化協会のオディトリウムでトリオのコンサート。
メトロの問題があったりして、来てくれるはずだったダンサーやミュージシャンの友人が来れなくなったのは残念だったけれど、クリスティーヌ・ベイルが来てくれた。
彼女の主催する特別クラスや講演などを通じてもう四半世紀以上もつながりがあり、レッスンに参加するようになってからも20年近くになる。
彼女が私たちのコンサートに来てくれたのははじめてだ。
私たちのレパートリーは他にほとんど誰も弾いていないし、今回は特にオペラ・バレーを中心にダンス曲を選んだ。
で、コンサートの後のカクテルタイムで、彼女がとても貴重なアドヴァイスをくれたので他の二人は感激していた。彼女は、いつでも私たちの練習に参加してもっと突っ込んだアドヴァイスができると言ってくれた。
フランシーヌ・ランスロ―と並んでバロックダンスの復活の中心人物であるクリスティーヌの助言は的を得ていて素晴らしい。すべてダンスのステップのタイミングを考えたものだ。
実を言うと、彼女とずっと踊ってきた私にとっては、自明のこともたくさんある。
でも、自分が弾く時には、楽譜とアンサンブルのタイミング、リフレインや転調などを間違えないように集中しているので、ダンサーの体の動きを取り入れるという大切なことの大半がどこかに飛び去っている。
私たちが踊る時に使う演奏のほとんどは、ダンサーの動きを理解していない演奏で、本当はこう弾くべきだと言いたいことはたくさんある。
一方的に音楽に合わせて踊らなければならないこともよくある。
だからこそ、私が最初にバロックバレーを始めた七区のコンセルヴァトワールのダンスレッスンは、古楽器奏者に向けて提供されていたのだ。
ダンスが分からないとフランスバロック音楽は弾けない。
以前にも書いたけれど、バッハのチェロ組曲だって、ダンスなのだ。バッハは子供たちと踊っていた。
でも、いざ自分となると…。
ギターはすごく難しい楽器で、私たちのレパートリーもフランス・バロックの粋を突き詰めたものなので、解釈もとても難しい。
簡単に言うと、リュリーだとか、初期のダンス曲は、リズムを把握していれば、ダンサーのバックミュージックとして弾けた。
これが後期のラモーになると、もうダンスそのものが音楽の中に巧妙に織り込まれていて、一体をなしているので、生身のダンサーにとってはむしろ踊りにくい。
その橋渡しとなるミオンにおいては、繊細で複雑で知的な構成であるにもかかわらず、ダンス音楽であることを忘れていない。ダンスと音楽の両方が絶妙に両立できる。
私たちが30年もミオンを弾いているのも、その魅力があるからだ。
で、この日のコンサート、オディトリウムの音響もいいし、ヴィオラの瞳ちゃんも来てくれたし、カクテルタイムまであったのに、まったく写真を撮らなかった。
最近はどんなコンサートに行っても、レストランに行っても、あれこれと写真を撮ってしまい、記念に残しておこうという意識が常に働いている、ということにあらためて気がついた。
クリスティーヌと話したことが私たちにとってあまりにもエッセンシャルなことだったので、スマホを取り出すなんて発想は誰にも浮かんでこなかったのだ。
誰とも「記念写真」を撮っていない。
時間のアートである音楽は消える。
生演奏は作曲家と演奏者と聴衆とが一つになる「場」なので、「所有」できない。
せめての記念に写真とか録音とか考えてしまうわけだけれど、実は、それが出会いを「矮小化」しているのかもしれないとふと思った。
(以下、自分で読み直すために関連する過去ログを貼っておく。)