人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

『En Fanfare』

コロナ禍以来、映画館や劇場に足を運ぶことがほんとうに少なくなったのに、この映画だけは、或る日テレビで予告編が流されただけで、「一目ぼれ」というか、必見だと思って、11月末の封切の次の日に観に行った。
予告編で、兄が「これがハ長調で」と弟に説明しているシーンでもう感動したのだ。


細かい説明をするのが面倒なので、日本語で検索したら出てきたものをまずコピーする。(エラーなど一部訂正している)

>>セザール賞オリジナル脚本賞にノミネートされたWelcome』などのフィリップ・リオレ監督作品や『Au nom de la Terre』『Lapromesse verte』などのエドゥアール・ベルジョン監督作品の脚本家エマニュエル・クールコルが、2024 カンヌ 映画祭ルミエール部門に長編劇映画3作目となる『En Fanfare』を出品する。

あらすじ: ティボーは国際的に有名な指揮者で、世界中を飛び回っている。養子であることを知った彼は、食堂で働きながら北フランスの吹奏楽団でトロンボーンを吹いている弟ジミーがいることを知る。表面的には、音楽への愛情以外は何もかもがふたりを隔てている。弟の類まれな音楽的才能に目をつけたティボーは、運命の不公平を正すことを自分に課した。ジミーは別の人生を夢見始める...

著名なオーケストラ指揮者ティボーの物語である。白血病に冒された彼は、骨髄移植の適合ドナーを探す旅に出る。自分が養子であることを知った彼は、北フランスに弟がいることを知る。弟は地味な会社員で、解散が決まった市立吹奏楽団のトロンボーン奏者でもある。町唯一の工場の閉鎖を背景に、ふたりの出会いは友愛と社会と音楽の冒険の幕開けとなる...。<<<<


この北フランスという場所は私のよく知っている場所で、ここに出てくるアズブルックという町にも行ったことがある。

閉鎖される工場を組合が占拠するなど、今のフランスの地方の問題に重なる。ケン・ローチの社会派映画にも通ずる。

ストーリーは、「赤ん坊の取り違え」でブルジョワ家庭と庶民家庭に分かれて育った子供が出会って、というタイプのもののヴァリエーションだと言えるだろう。

チボーの養母は、弟が生まれたのを知って引きとろうとしたがちょうどその時に、不妊だと思っていた自分が妊娠したのでその気がなくなった。その罪悪感を抱えて、実はずっと引き取らなかった弟のことを考えていた、と言う。

ジミーの養母は、兄のチボーをいっしょに育てる気が十分あった。「でもそうしていたら、指揮者にはなれなかったものね」。


バンジャマン・ラヴェルネとピエール・ロタンという配役がすばらしい。

ブルジョワぽく、繊細な兄と、工場の食堂で働く屈強そうな弟、それでも「兄弟」の雰囲気を醸し出していて、感情の動きもよく分かる。


ラヴェルネはドラマー、ギタリストでピアノも弾くそうで、この映画のために数ヶ月指揮を習い、実際に指揮しているそうだ。

ロタンもピアノが弾けて、兄弟が即興で合わせるシーンは本当に弾いているのだそうだ。ロタンは映画のためにトロンボーンのレッスンを受けて、アマチュアのトロンボニストとして十分な腕前になったらしい。

でも、決しておとぎ話ではない。世界的に有名な指揮者である兄のチボーもすべてを犠牲にして何年間も努力を重ねてきたという設定だし、リールの管弦楽団のオーディションを受けるために深夜も練習したジミーが、何年もコンセルヴァトワールで学び勝ち抜いてきた他の候補者とはとうてい太刀打ちできないという「現実の厳しさ」もリアルで、都合のよいおとぎ話ではないのだ。

チボーから指揮を学んでアズブルックの吹奏楽(鼓笛隊)コンクールに臨んだジミーの楽団が優勝してハッピーエンドかと思ったら、他の楽団と喧嘩沙汰になる始末。

ジミーは夢も破れて自暴自棄になる。


チボーは、自分の名声を使い、打ち捨てられた工場を救うため、打楽器とコーラスでラヴェルの「ボレロ」を演奏すると決めた。


しかし白血病が再発、ジミーから移植した骨髄に拒否反応が出たのだ。

工場も火災でボレロ演奏は不可能になった。


けれともラストに、チボーがパリで決死の思いで大作を演奏した後、舞台の後ろに陣取っていたジミーの楽隊が「ボレロ」を歌いだす。それを聞いたオーケストラの奏者たちも少しずつ加わる。それが病再発と火災の前にチボーの計画していたものだとはみな知っていたからだ。


オーケストラの舞台の後ろにも席があるというのはパリのフィルハーモニーの劇場のつくりだ。(私は2016年にこの場所で、弦楽器アンサンブルに加わって弾いたことがある)

ラヴェルの「ボレロ」も、コロナでロックダウンになる数日前にオーケストラのメンバーとして全曲弾いた。


そんなことすべてが重なって、この映画がまさにツボにはまったのだ。


ひとつ異論があるとしたら、タクシーの警笛の音をチボーがジミーに訊いたら、すぐに「シとソのシャープ」と答えたことで、ジミーに「絶対音感」があると分かって、チボーが弟との絆をより深く感じる場面だ。

「絶対音感」神話って、バロック奏者にはあまり意味がない。

440ヘルツに調弦された平均律ピアノの鍵盤の名を当てるというだけで、415ヘルツだとしたら「ずれている」と感じたりするからだ。

どんな調弦のどの音から出発しても和音、ハーモニーの進行が自然にでてこなければ意味がない。私のバロック仲間はそれが自在にできるけれど、自分は「絶対音感」があるなどとは言わない。必要なのは完璧な「相対音感」だからだ。


(『太陽とボレロ』という日本映画を機内で観たことも思い出した。)






by mariastella | 2024-12-15 00:05 | 映画
<< ゴシック様式カテドラルの霊性と日本 イドリブの現在にショックを受ける >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧