先日、テレビでアサド大統領の半生についてのドキュメンタリー(フランス5)を視聴した。
前にも同様のものを観たことがある。初期のアサドが「民主化」を目指して、「欧米」の仲間に入ろうと努力し、少なくともフランスとの関係では、サルコジから7/14の革命記念日のシャンゼリゼのパレードに招かれるなど、いったんは「対等」の地位を手に入れたかに見えたのに、専制化したというシナリオだった。
今回は、アサドが、専制君主だった父親の跡を継ぐはずだった長兄の死によって突然イギリスから呼び戻されて後継者とされたことはよく知られているが、もともとは父親から「虐待」されていたということ、そのトラウマによって自信や自尊がなく、いつも怯えていた、ヨーロッパで受け入れてもらった時には心から感激したということなどが語られていた。
思えば、運命に翻弄されて、いろいろ気のどくになってくる。
亡命先のロシアで家族経営の眼科医院を開業して暮らす、などという噂がきこえてくるが、もしそれがほんとうなら、カダフィやサダム・フセインのような最期を迎えずにすむ。
シリアがどうしてこうなったのかについて、相変わらず藤永さんのブログを読んでいるが、とても分かりやすい要約があった。
12/15付けのものに、The UnzReview・An Alternative Media Selectionというサイトからのとても分かりやすい記事とその翻訳があった。(藤永さんはこれに訂正、補填をされている。)記憶するために以下にコピーしておく。
>> 2011年に内戦が始まる前は、シリアはアラブ世界で最も教育水準の高い人々の国の一つであった。シリアの繁栄する中産階級は、質の高い大学と先進的な製薬産業のおかげで、シリアを、ボクシングに例えれば、その重量階級を超えて中東にパンチを与えることが出来る国にした。ミドル級の国として、アサド政権のバース党社会国家主義政府は、一時は米国を含むすべての関係国との良好な関係を維持しようとした。しかし、シオニストの拡張主義と闘うという政府の一貫した方針は、最終的には、まさに、アサドのシリアが良好な関係を保とうとしていた当の米国による破壊の標的となる結果をもたらした。
イランとロシアの後押しを得て、シリア軍は2018年にシオニスト支援のイスラム主義軍に勝利を収めたが、この勝利は不完全で、国内を停滞期間に導いた。シリアは、教育を受けた専門家(教師、医師、エンジニアなど)のヨーロッパやトルコへの流出による頭脳流出から立ち直ることが今日まで出来なかった。米国および他のシオニスト勢力がシリアに課した厳しい制裁によって、同国が国際貿易に参加することが困難になり、経済的孤立と停滞につながってしまった。弱体化して意気消沈したアサド政権下では汚職とシニシズム(犬儒主義)の文化が栄えるようになり、組織犯罪集団は国内の失業中の化学者を集めて結晶覚醒剤とキャプタゴンの地域最大の生産者に成り上がり、シリア・アラブ軍といえば、司令官たちが全てのガソリン燃料を盗んで売却したので、反体制派に立ち向かうための戦車も航空機も動かせないという悲惨に陥ってしまったのだ。<<
藤永さんのアメリカへの怒りは半端ではないので私は少し引いてしまうのだけれど、さらに青山弘之さんのブログの記事がリンクされているのを読んでとても参考になった。シリア情勢を毎日伝えているという稀有なリソースだ。
シリアのこれからの情勢を追う時は必ずここを参照しようと思う。
私は『キリスト教の真実』(ちくま新書)で「アラブの春」について言及した。その後、この「アラブの春」は残念ながら実を結んだとは言い難い。一度書いたテーマについてはずっとその推移を追っているので、上のブログを読んで引き続き考えていくつもりだ。