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L'art de croire             竹下節子ブログ

サッカー選手の日本人差別

先日ある文法形態についての論文を検索していたら、在仏半世紀以上でフランス語が「第一言語(翻訳を必要としない)」だという言語学者が、フランスのサッカー選手の日本人差別について、彼らの使ったフランス語の解説をしていることを知った。


ことの始まりは、フランス在住の「論破王」と称される「ひろゆき」さんによる、彼らの使った言葉は単なる卑語で特に日本人差別とは思わない、という趣旨の発信だったようだ。また二人の選手も、「自分たち同士でも使う言葉で差別の意識はなかった、そうとられたことについて謝罪する」と、反省の色がないと見なされた。それに対して、「F爺」というハンドルネームの言語学者が反論して、「ひろゆきを論破した」として一時非常に話題になったという。

もとは、極東人や日本人差別を擁護する日本人に対する怒りがあったようだ。


少し驚いた。


件の「論戦 ?」を私が少したどった限りでは、ひろゆき(H)さんがサッカー選手の馬鹿な行為(自分たちの言葉を撮影して流した)に対して受けた印象は、語彙に限っては、私や私の周囲の人が受けた印象と同じだったからだ。


Hさんは、論理が緻密なFさんとの「論争」の中で自分で墓穴を掘り、どんどん深みに入って完膚なきまでに貶められているという印象を受けた。

でも、Hさんが最初の「反論 ?」として「Fさんは高齢者だから若者の言葉を知らない」という趣旨の言葉を発してしまった気持ちは、「高齢者」である私にも何となくわかるものだ。

Fさんは「醜い顔」と訳された「sale g...」は、そこにいた特定の人の顔の造作ではないから、極東人一般への差別だとされる。でも、類似の「ta g...」などもそうだけれど、ほんとうに、デンベレやグリーズマンらの間では普通に使われる卑語で、ただ彼らの言語レベル、教養レベルの表出でしかない。日本訳訳についても、デンベレが「pu... ! 」と言ったフランス語も、Hさんがただの間投詞だと言ったことに対して、Fさんはそれがいかに差別語であるかを解説する。


私は使われた語彙自体についてはそれほど「差別語」だとは思わない。


この件について、前にこういう記事を書いた時にちらりと触れている。

https://spinou.exblog.jp/32847933/


彼らがいかに無教養で愚かでも、特に日本で日本人差別を披露したかったと私が思わないのはなぜか。

デンベレやグリーズマンの世代のフランス人男性の多くは日本アニメやゲームに夢中だ。

それこそ私やFさんのような世代には想像がつかないほどだ。

そんな彼らが夢の国日本で一流ホテルに泊まって、ゲーム機をテレビにつなごうとしている。

そこにやってきた数名のスタッフ。スタッフ同士で、日本語で話す。それまでは、デンベレらには通訳もついていただろうし、ホテルのスタッフも英語などで対応しただろう。それが、自分たちの目の前で、日本人同士が日本語で話した。「日本語だ、すげえ、」と言ったのだと思う。その後の「進んでいるのか、遅れているのか」などというニュアンスの言葉も、「日本人ならゲーム機接続の問題などたちどころに解決してくれると思っていたのに…」という含みもある。

つまり、彼らの発した言葉には「日本人への人種差別」は感じられない。


明らかなのは、フランス語が分からないと思われる人の前では何でも口にするし、その言葉が下品で粗野で、しかもそれを動画にして流すなど、自分たちが「有名人」であることに対する危機管理の意識さえゼロであるという彼らの愚かさだ。

あらためてビデオを見ると、語彙がどうとかいう以前に、下品そのものだ。

彼らの愚かさがあまりにもひどいので、「上から目線」の言動としての「人種差別」にさえなっていない、というのが私の漠然とした印象だった。ましてや「日本人差別」と特定することレベルにさえないほどに思えた。Hさんは多分その雰囲気をキャッチしただけで、特に「日本人差別を擁護した」とは思えない。


もちろん彼らが黒人選手に対する人種差別の中で生きていることや、自分たちもいくらでも互いを差別したり罵倒しあったりする環境で生きていることは確実だ。


ただし、この「日本人差別」騒ぎに続いて、日本のホテルではただ笑っていたグリーズマンが、過去に中国語をからかっている動画のことも報道された。フランスにおいて、中国人、中国語差別は、ずっとあるのは事実だ。パリのメトロで中国人のグループがおしゃべりしていると、四声があって高低が目立つ中国語は、ぼそぼそと平坦に話せる日本語よりも注意を引く。Fさんは、フランスで初期の頃、人種差別を受けたというけれど、それはアジア人を見ると中国人だと思って差別する低俗な人間がいるからだ。私も道ですれ違いざまに白人の男から「サイゴンはうまくやってるかい ?」などと言われたことがある。「侮蔑」ではなくただ、こちらの気を引いてみようという低俗な人間だということで、「ああ、旧宗主国だからべトナム人に上から目線なんだなあ」と思うだけだった。たいていの場合は、私が「日本人」だと知るとむしろ「逆差別的」視線を向ける人の方が多い。もちろん、私は、アーティスト・カテゴリーや知識人カテゴリーの人たちとの接触がほとんどだというのがあるけれど、私と同じように何十年もフランスに暮らしている学者であるFさんと、「差別」の実感に関してかなりの差があることに驚いたのでここに書きたくなった。


この「Hさんを論破した」ということでF さんのブログが突然バズって、彼は一時、すっかり「時の人」になったという。

私はここでそのFさんの見解についてコメントしているわけだけれど、絶対にバズりたくもないし論戦に参加もしたくない。(まあ、もう旧聞だろうし、Hさんは相変わらず「論破王」のようだし、大丈夫でしょうが、これを読んでいる方は絶対に他のSNSなどに拡散しないでください。お願いします。ブログのコメント欄を閉じているように、基本的に自分の覚書のためのブログなので。舌鋒鋭いFさんと向き合う覚悟も時間もありません。)


(補足)Fさんのいう第一言語としてのフランス語とは母言語への翻訳を必要としないでそのままフランス語を操れるということだ。その「レベル」は母言語のレベルと同様さまざまだ。日常会話なら日本語と変わらないで話せる人でも、語彙のレベルや対人関係での使い分けなどにはあらゆるヴァリエーションがある。

Fさんのように語学の天才のような経歴を持つ言語学者の第一言語レベルが高いのは当然だが、やはり普段交流する相手やシチュエーションや時代や地域によって偏りがだろう。トルコでは少数言語のフィールドワークですばらしい仕事をしている方だが、フランスではある意味で特殊な地域であるアルザスに長く住み、アカデミックな環境にいるF さんの第一言語(音楽活動のお仲間も、F さんの提示するような音楽への感受性をもつような人々は、卑語俗語と縁遠いと想像する。)と、私の第一言語はおそらくずれがある。

私はずっとパリとパリ近郊に住み、1年ずつとはいえ、パリのレストラン、パリのプレタポルテの「社長業」をやり、パリのリセの教師もしたし、いつも幼稚園から大人までの生徒たちと生徒たちの親たちと付き合ってきた。生徒は、ベトナムから引き取られた幼児から、16歳からずっと建築業で働き続けてきたイタリア移民で70歳ではじめてピアノを習いに来た人まで様々だし、生徒の親たちも実にさまざまな階層に属していた。(日本に住んでいた頃には想像もしなかったような多様性だ。)


そういう「坩堝」的な環境に住むフランス人たち、第一言語話者たちにとっては、私も含めて、デンベレの言葉が「極東人差別、日本人差別」と映らなかったのはごく自然だったと思う。とても気になった話題なので、いつか、別の形で考察を続けたい。



by mariastella | 2025-01-04 00:05 | フランス語
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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