ルドルフ・ヌレエフの白鳥の湖1/5のこと、Arteでたまたま、ルドルフ・ヌレエフが振り付けしてウィーンで初演した「白鳥の湖」のドキュメンタリーを見た。彼はパリ・オペラ座パレエの芸術監督として長かったから、多くの関係者がウィーン上演のビデオを観ながらコメントするのだが、一様に、ヌレエフはユニークで絶対の存在だと口をそろえる。彼が踊る画面を一瞥するだけでみなが即座に魔法にかかってしまうかのようだった。 ヌレエフとマーゴ・フォンティンのパ・ド・ドゥは1963年に始まって、1964年のウィーンの公演は、錬金術が成功したともいえる最高潮の時期。ヌレエフがまだ20代半ばでマーゴ・フォンティンが40代前半という年の差にも驚かされる。普通なら最盛期を過ぎたと言われるような齢であった大ベテランのプリマドンナがヌレエフと組んで若返ったというより別の境地に生まれ変わったのだ。 ヌレエフは私にとって伝説の人であっても憧れという対象ではなかった。「王子さま」としては顔も姿も「濃すぎる」イメージだったからだ。 ところが、このビデオを観始めると釘付けになった。 ヌレエフの世界に絡み取られるような気がした。 私はフォンティンとヌレエフのパ・ド・ドゥを12歳の時に大阪のフェスティバルホールで観ている。クラシック・バレエのクラスの友人たちがいっしょだった。フェスティバルホールの年末舞踊合同公演にはすでに何度か出演していたから、馴染みのステージでもある。その同じステージで、伝説の二人が踊るのだ。 前述したようにヌレエフは特に好みではなかったが、すでに伝説的でありそれ以後も語り継がれたこのカップルのバレエを生で観た、というのは「誇り」というか「自慢」の種だった。 でも何しろ子供だったので、今回のビデオですべての人が語るセックス・アピールなどが伝わるはずもなかった。 当時の豆バレリーナとしては、憧れは、少女雑誌にもしばしば登場するロイヤル・バレエ団のマーゴット・フォンティーン(当時はマーゴットと表記されていた)や、ロシアのレぺシンスカヤなどというプリマドンナだった。 ところが、その後、男女とも、ダンサーで「超絶技巧」というタイプが話題になるようになったので、自分が「お稽古」をやめてからは、バリシニコフやプリセツカヤなどもっぱら超絶技巧の天才のステージばかり追いかけていた。 そのせいか、たまにフォンティンとヌレエフの過去の踊りをビデオで見ることがあっても、ふたりともどちらかというと小柄だし、なんだか平凡で古いなあ、と見るようになっていた。 今思うと不思議だ。今回の番組を観ると、2人の表現力も技術もまさに戦慄ものだったからだ。子供の頃は20代と40代という年の差も抽象的だったが、ヌレエフの若さと強烈なセックスアピールが2人を一体化させているのが今は分かる。 今回知ったことは、ヌレエフが幼児の頃にシベリア鉄道で極東の地に移動中に生まれたこと、その最果てから当時のレニングラードに戻って認められるということ自体の重さ、そして、彼がピアニストでもあり、オーケストラを指揮することもあり、音符の動きの一つ一つを振り付けに活かすことを熟知していたことなのだ。振り付けの天才だった。 彼が同性愛者であることはすでに知っていたけれど、男性ダンサーにはよくあることなので気にもしていなかった。実際は、まだ「同性愛」が禁じられていた時代のヨーロッパで生き、しかも一人のパートナーとの関係に落ち着かず「恋多き男」だったこと、など私生活での「情念」も半端ではなかったことが想像できる。自分の姿や動く能力が衰えるのは絶対嫌悪していたというからまだ現役のうちにエイズで亡くなったことはむしろ救いだったかもしれない。 白鳥の湖のラストでオディットを永遠に失ったことを知った王子の絶望の表現は、鬼気迫るとしか言いようがない。広大なロシアを東西に往復し、ヨーロッパに亡命を果たし、当時最高のプリマドンナを魅了し、音楽と踊りにすべてをかけた情念のマグマが煮え立っているような男だったのだ。
このことをバロックバレエの仲間に話したくて、翌日の初レッスンで話題にしたのだけれど、みなバカンス中に観たバレエ公演の話ばかりだった。
それにしても、私は幸運にも、10代の頃から「世界の一流アーティスト」の公演を大阪や東京で見続けることができたわけだけれど、60年以上に渡るそれらの記憶が今の自分にどう影響しているのか、それらを活かすことができているのか、などと、今回あらためて考えさせられた。
by mariastella
| 2025-02-18 00:05
| 踊り
|
以前の記事
2025年 11月
2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月
カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 パリのオリパラ 人生観 未分類
検索
タグ
フランス(1309)
時事(782) 宗教(684) カトリック(603) 歴史(417) 本(302) アート(242) 政治(213) 映画(171) 音楽(143) フランス映画(104) 哲学(102) 日本(95) フランス語(91) コロナ(82) 死生観(63) 猫(52) フェミニズム(49) エコロジー(47) カナダ(40)
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||