1月の末、「コンセルヴァトワールの夜」というイヴェントに参加した。

18h30と20h30の2回、ケテルビーとチャイコフスキーを弾いた。
合間に、クラシックバレーのクラスの踊りと、ビバルディの四季をめぐる音楽で綴るコントのようなものを観た。
「自然」ナチュールはフランス語で女性名詞高だから、自然という名の女性がヒロインで、舞台の上の黄のお道具が、秋に色づいたり冬に雪がつもったり春に花が咲き、夏に実が成るという展開になる。
たとえばこれが秋。
それが、最後に、今は人間の排出する二酸化炭素のせいで気候不順になってしまった、と言って、木に春夏秋冬のデコレーションが同時につけられ、季節が壊れたことを嘆く、という趣向。
子供の教育プログラムにエコロジーが出てくるたびに実はいつも何となく違和感を抱いてしまう。なぜだろう。
ケテルビーはヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス、トランぺット、クラリネット、フルートとピアノという編成で弾いた。シンバルが欲しかったところだ。
ジャン・マルタンのヴァイオリンとスティーヴンのチェロにはさまれて弾いたチャイコフスキーはそれなりに疲れたけれど、ヴァイオリンとチェロにはさまれてヴィオラを弾く快感ってある。
これは曲が終わった瞬間。二人ともほっとしているのが分かる。
二つのアマチュアオーケストラからヴィオラ奏者が足らないからと誘われている。練習は週一。でも、ベートーベンのシンフォニーなどを弾ける。来年は加わるかも。なんとなくチェロも弾きたくなった。ヴィオラと弦の並びは同じだし、ヘ音記号も読めるからまったく不可能ではないかも。元気で長生きしたら無謀なことをし始めそうだ。