(前の記事の続きです)
Q : 愛情の分野での「最後」は必ずしも「感情」の終わりとは一致しませんね。
A : 私は霊的なものと物質的なものとを区別します。私たちは愛したり、思ったり、内的な会話をし続けたりできます。一つの関係は、記憶や無意識の中で、物質的な生とはパラレルに長く生き続けることがあります。最後の時というのは、感情的で反射的なこのプロセスがすぐには完了しないような出来事であり得ます。
サルトルは友人であったカミュと仲違いしましたが、不在の中でも関係は続いていた、と言っていました。
愛している人と死で分かたれても別の形の関係を持ち続けることもあります。
場所や物が個人とのつながりを保ち続けることもあります。
別れたことで、途絶えたように見えても、実際は、何らかの共振のようなつながりがあり得ます。
Sekko : 私が両親を亡くした時に関しては、たんにまるで彼らがまだ生きているかのように心の中でつながっているというよりは、彼らの死と共に「老い」や「弱さ」が消えて、「私を守ってくれる頼もしい存在」という関係が復活した。晩年の彼らとは、こちらがいろいろと助けたり支えたりしなくてはならない関係だったし、2週間意識不明のままだった母の場合など、関係性に明らかな「壁」が生まれていた。亡くなった後は、子供時代からの絆が戻ってきた気分になったのを覚えている。
追記 :(この予定稿の後に時事についての記事をUPします。)