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L'art de croire             竹下節子ブログ

J.D.ヴァンスのカトリック

前回までのインタビュー記事がヴァンスのカトリックについて踏み込んでいるものではなかったので失望していたら、LA VIE No.4151, p10-14に、なるほどという分析記事が載っていた。
ミュンヘンでの演説の後、2/28にホワイトハウスでトランプとゼレンスキーの階段に割って入るという前代未聞のシーンが報道されたショックの後での分析だろう。

この記事をたどりながらヴァンスのカトリシズムについて見ていこう。

ヴァンスは、2016年にカトリックの洗礼と堅信を受けた後で政治に関わるようになった後、Rod Dreher という保守派のブログ(2019/8)でインタビューを受けていて、「カトリック教会の社会教説の語るものこそ自分の望むものだ」と言っている。(中央政界に入ってからは明言を避けているらしい。)


この「カトリック教会の社会教説」というのは、カトリック教会が「宗教的」「霊的」なことではなく広く社会に対して意見したものだ。

日本語で適当な説明がないのだけれどこういうのがあった。

この社会教説の伝統というのは、1891年に、レオ13世が出した回勅「レールム・ノヴァールム」に端を発する。

機械化、都市化する社会で労働者が搾取されることに反対したという点では、むしろ左派的だ。(そして「労働者の団結」「組合」を支持したという点ではヴァンスもそうだと言える)

しかし、レオ13世は、「進歩」や「成長」に邁進する社会においては「反近代的」というレッテルを貼られていた。さらに1931年にピウス11世の教書も、政治的に微妙なものとなり、いろいろあって、2004年に新たにまとめられたのが「社会教説」だ。常に弱者の側に立つという点では、イエスの教えに忠実なものだ。


ヴァンスは、ワシントンでゼレンスキー会談の数時間前に、ブルジョワ的保守カトリックで最も重要なもののひとつである「National Catholic Prayer Breakfast」の年大会で、トランプ大統領の政策はカトリックの社会教説と最も合致したものだ、と述べた。

彼は、2020年にカトリック雑誌「The Lamp」でのインタビューで、自分の反近代主義を明言し、義務や徳を捨てて消費や快楽に向かう社会に抵抗すると言った。

ペンシルバニアのヴィラノヴァ・カトリック大学のMassimo Faggioli教授は、ヴァンスはカトリックになるまでに、まず福音派の教会にいたこと、次に深い疑問を抱いて無神論者になるなどの段階を経て、当時の多くの学生のように、社会的政治的な危機を克服する道をカトリックの社会教説に見出した。彼らの多くは政治的神学的に保守で、リベラルを拒絶した。

バイデンの世代が第二ヴァティカン公会議に注目したのと違い、彼らはアウグスティヌスやトマス・アクィナスに依拠する「ポスト・リベラル」を形成した。


リベラリズムの個人主義でなく、共通善、共有財産を擁する共同体を目指そうとする。それは本来、決してキリスト教ナショナリズムではない。

リベラリズムにおける人工的で中立的な「公共」の設定は存在論的な誤りだというものだ。信仰は、私的空間に閉じ込めるのではなく、政治のオリエンテーションとして機能させるべきであり、(カトリック信者である過去の大統領である)ケネディやバイデンのように政治の下位に置くべきではない、とヴァンスは考える。


共和党内でもレーガン大統領タイプの保守主義にとって代わろうとしている。レーガンの保守主義には「自由経済」と「外交上の干渉主義」と「モラル上の保守」という三つの柱があった。ヴァンスは「教会の社会教書」を主として「家族」や「労働者」に焦点を当てて進めようとしている。オハイオでハイチ移民が犬を殺して食べているなどのフェイクニュースを流したのもヴァンスだが、アメリカの司教団は移民排斥を良しとしていない。スケープゴートに悪の原因を押し付けるやり方はカトリック教会に反する。


ヴァンスは、アウグスティヌスのOrdo Amoris(オルド・アモリス 愛の秩序)を引き合いに出して、人はまず家族を愛し、隣人を愛し、同国人を愛するなど、愛には優先順位があるかのように解釈して移民排斥を正当化しようとした。すると病床にあったフランシスコ教皇は、それを批判し、キリスト教的価値観の「国家主義的歪曲」を警戒するよう警告した。

これは、ヨーロッパで極右がよく使うレトリックで、誰だって我が子の方が隣人の子供よりかわいい、隣人の子供の方が隣町の子供よりかわいい、隣町の子供の方が他国の子供よりもかわいい、などというような単純な身内びいきの感覚からレイシズムまで広げていける。

教皇はもちろん、全ての人が互いにきょうだいとして信を築き愛し合うのがキリスト教の価値観だと言っている。

それでもヴァンスには、アンビバレントな部分がけっこうある。

彼が「移民」を排撃すると理由としても、単に、自国の労働者の仕事を奪うからというのではなく、移民が奴隷のように低賃金で働かされる実態の告発という面もある。

またカトリックの共同体を優先するというのではなく、彼の妻で三人の子の母親はインド系でヒンドゥー教徒なのだ。だから人種や宗教による差別主義者とは言えない。


トランプとヴァンス、ホワイトハウスでのゼレンスキー攻撃を見ても、このコンビは先行きどうなるのか不安になる。

ディーラーで金と権力が好きだというある意味わかりやすいトランプよりも、神学的自信を持っている風なヴァンスの方が怖いかもと思ってしまった。


by mariastella | 2025-03-30 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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