釈迦仏陀の肌の色など考えたこともなかった。
お釈迦さま、仏様、各種の如来や観音像の色のイメージはいつも黄金だったから、人間出身だと分かっているブッダの人種に基づいた肌の色の想像などしたことがない。
子供の頃に遊びで、10数える代わりに「インド人のxxxx」というのがあったから、インド人の肌は黒いというイメージはどこかにあった。フランスのコメディ映画でインド人のことを「肌が黒いのに顔はヨーロッパ人」と揶揄するセリフがあった。
知識としては、ヒンディ語が「印欧語(インド・ヨーロッパ語族)」であり、インドには紀元前1500年ごろにアーリア人が侵入して、南の先住民ドラヴィタ人と混血したということで了解していた。
で、ひょっとしてブッダはアーリア人の風貌をした黒い肌の人だったのだろうかと、驚いて、検索してみると、≪ブッダの肌の色は金色とされます。インドで肌が黒いというのは、原住民族で被差別民族であったムンダ・ドラヴィタ人と結び付けられるので、仏教側の認識として「ブッダの肌の色が黒い」は考えにくいです。≫(佛教学者清水俊史の2024/8/23付けX)というのが出てきた。
別のところには
≪お釈迦さまの人種については実ははっきりとは分かっていないようですが、最も有力なのは「アーリア人」説です。肌は白く、金髪碧眼だった可能性が高い ≫というものがあった。
(そういえばヒトラーも、「イエスは実はアーリア人だった」という説を採用していたという話を思い出した。)
また、一般的に仏教では「色」を仏陀の体や教えと結びつけていて、青は髪の毛の色で、心乱れず力強く生き抜く力「定根(じょうこん)」、黄は燦然と輝く肌の色で、大いなる慈悲の心で人々を救済する「精進」、白は歯の色、悪業や煩悩の苦しみを清める「清浄」、黒は聖なる身体を包む袈裟の色で、侮辱や迫害、誘惑などに耐える忍辱(にんにく)」とされているというのもあった。
さらに、アーリア人がドラヴィダ人を支配したので、カースト制度ができた当時は肌の色の濃淡がその人の身分を計るものさしとなったらしく、高位階級同士が結婚するので、階級が高いほど色が白いというのが定着したそうだ。
それなら、王族だったブッダの肌は白かった可能性の方が高い。
ブッダは今のネパールのルンビニーというところの釈迦族の王子として紀元前五世紀頃に生まれたという。でもインドに接するネパールも多民族国家だから、肌の色はさまざまだ。今の日本人の持つイメージからするとネパール人はアーリア人の顔つきというよりアジア人だが、住むところの緯度や標高によっても肌の色は変わるだろう。
このブログの記事もおもしろい。
ブッダの肌が金色だと見えない人にとっては「灰色」だという話についてのものだ。「灰色やせ婆羅門」と形容される。
ブッダ像のイメージでは金色でむしろふくよかでがっしりしているという印象だったので、「灰色」で「痩せ」って…。
現代のインドに関しては、肌の色が「黒い」とは言わず「暗い」という表記のようだ。そして、今や肌が白いことが美の基準になっていて、美を競うコンクールなどでは全員がほぼヨーロッパの白人という雰囲気になるそうだ。
イギリスのスナク前首相夫妻などは日本人のイメージする「インド人」と大きな違いはなかった気がしていたのだけれど。
オバマ大統領が登場した時に、イタリアのベルルスコーニ首相が、オバマと夫人のことを「日焼けしている」と形容したことも思い出した。
たかが肌の色、されど肌の色。