
この映画は、建設現場で働く男が電話を受けて、現場を離れて車でどこかへ向かうという最初のシーンの後、最後まで、運転席の男が妻や息子や現場のアシスタントや上司や向かう先の病院との電話での会話だけでできている。
ヴァンサン・ランドンだから可能な一人芝居というか、映像的には車の中ばかりで、彼の声と表情がすべてだ。こんなもので1時間以上も見ていられるだろうかと思ったけれど、それなりにサスペンスもあって最後まで視聴した自分に驚いたくらいだ。
完璧な良い父、良い夫、すぐれた建設技師、家庭人としてもプロフェッショナルとしても非の打ちどころのない男が、子供たちとの約束を反故にし、プロの腕がかかる巨大な現場を捨てて、向かう先は…前年に酔いに任せて一夜を過ごした女性(それ以来あってもいないし愛情を感じているわけでもない)が出産するのに立ち会うためのクリニック。
どう考えても理解できない「選択」だが、彼自身と父親との関係のトラウマが背景にあるようで、どういう情況であれ、自分の子供が生まれる時にそばにいてやるというのが「選択」なのだ。それでも「現場」がうまく行くように、自分が首になることを受け入れることとは別に、電話でアシストして現場での莫大な量のアスファルト輸送と添加を成功させようとする。その確固としたプロの様相の「強さ」と比較にならないような「私生児の誕生」という感情面だけの出来事の軽さとの乖離にくらくらする。
で、画面の推移と視聴時間の流れが完全にシンクロしている緊張感の中で、事故でも起こるのかと緊張して観るうちに、なんとなく、終わる。
実は、アメリカ映画のリメイクなのだそうだ。商業映画としてはかなりのリスクがあるのではないだろうか。
ただし、この「責任感のスーパーマン」である主人公に完全に感情移入できるかと言えば、違う。
いい父や夫や責任感にあふれるプロで、アクシデントで生まれる婚外子にまで思いやるくらいなら…そもそも「酒を飲むなよ」としか思えない。
大きな仕事が成功してそれを祝う席で泥酔してしまって、その勢いで、一夜の「あやまち」とか、その軽さ、と後での「選択」のギャップが大きすぎる。
アルコールは基本全てドラッグで、完全に自分でコントロールできる範囲と状況を超える摂取はすでに「リスク」をおかす行為であり、それに伴って後付けの責任をとる行為の「英雄性」をテーマにするってどこか歪だ。
それでも最後まで見せる腕には感心するけれど。