不思議なものもあった。19世紀のフランスの版画で、悪魔から地獄へ引きずり堕とされる者の図(ポンピドーセンター所蔵)だけれど、どう見ても「悪人」やら「罪びと」に見えない。
ヨーロッパにおけるアポカリプス=カタストロフィのイメージは第一次世界大戦の、塹壕戦での大量の死者や戦傷者によってリアルにものとなっていった。そこにはもはや千年王国のイメージなどはない。ドイツの新即物主義画家と言われるオットー・ディクスは実際に塹壕戦を経験し、負傷もしながらスケッチを続けた。塹壕の泥の中で死んだ兵士など、悪魔や怪物などを動員しなくても、命が断たれていく地獄図として雄弁だ。
同じオットー・ディクスがベルギーのブラッセルの「鏡の間」でドイツ軍将校が娼婦を買う絵を描いた。1920年の作。黙示録の中で「大淫婦バビロン」というのが七つの頭を持つ怪物に乗っている描写がある。怪物はドイツ軍将校なのだ。「鏡の間」なので、2人はあらゆる角度から怪物のように増幅している。

リシエの馬と再会。
これはバビロンの町の崩壊。昨今の戦争で多くの町が爆撃で崩壊していく場面が毎日のようにニュースで流されるので、複雑な気分になる。

第一次世界大戦の爪痕もヨーロッパでは深かったけれど、決定的なのは第二次世界大戦だった。アウシュビッツとヒロシマにヨーロッパ人はアポカリプスを目の当たりにしたのだ。
Ceijz Stojka(1933-2013)の2007年の作「死体」。この女性は子供の時に家族と共に収容所に送られ、1980年代からその体験を書いたり描いたりし始めた。
無数の黒い鳥とナチスの鉤十字で埋め尽くされた画面は魂に強烈な揺さぶりをかけてくる。ここでも、黙示録19章で死肉を食べろと言われた鳥たちが想起される。

同じ画家の2009年の作「アウシュヴィッツ1944」。彼女はすでに76歳。
それなのに、荒漠として中に生々しい痛みが湧き出る画面は「アポカリプスを生きた人」ならではの証言ということだろうか。

「ヒロシマ」では、写真と、アラン・レネの「ヒロシマ・モナムール」(ヒロシマ、わが愛)(ニ四時間の情事)のダイジェストが流れていた。
アウシュヴィッツとヒロシマにより、「世界の終わり」観はヨーロッパのアートのテーマとして定着したかのようだった。
これはTacir Deanのフォト作品「時の終わりの本」。

世界大戦は終わったが「冷戦」構造が露わになった。これは、共産圏のハンガリーからパリに亡命したJudit Reigl(1923-2020)の作品で、明らかに黙示録の四色の馬をベースにしているのがスケッチから分かる。