ヨハネの黙示録の図像の後で、恐怖と破壊とのテーマが神話も混ざって展開し、それに実際の戦争やホロコースト、原爆などによる終末観の表現をこれでもかこれでもかと見せつけられた後で、それでも、新しい何かが生まれるのを予見するかのようなかすかな光を感じさせるように、最後ののコーナーは広く開けていた。

素材の取り合わせと空間構成がおもしろい作品。


キリスト教系新興宗教やカルトには今でも、「信じなければ、最後の審判で地獄に堕ちるぞ」的な脅しによる「布教」がある。カトリックなどの視点でアポカリプスのイメージに「その後」の希望がいくらあると言われても、脅しの方がビジネスになる空気の中では伝わりにくい。このアポカリプス展ではアポカリプスを「試練」としてとらえようとしている。その視点が十分に伝わったかというと、難しいところだ。
ショップは図書館だけあって、とにかく本が充実している。
大きなカタログを購入。

半額で売られている以前のカタログ「罪と罰」も購入した。

国立図書館発行のミニ画集もいくつか。
でも何よりもタイムリーだったのには、この雑誌との出会い。
「美」と「醜」の意味を考える特集で、政治と美学の関係や、新しい醜さという現代の倫理についてなど、絵画や音楽についても考察されている。
「美」の基準は一つだけで「醜」には無限のヴァリエーションがあるというとらえ方のなかで、「古典」と「バロック」についても考えさせられた。

これは、アポカリプスからカタストロフィのテーマにおける、「醜いもの」と「悪いもの」との関係についても通じる。
ナチスの「頽廃芸術」展のテーマと今回のアポカリプス展のテーマとの関係について考えるヒントにもなった。
悪いもの、醜いものが「怪物」として描かれてきたことと「破壊」「没落」の表現との関係も。
考察はどんどん広がり、深まるが、また別の機会に別の形で紹介できたらと思う。
とりあえず、日本の多くの展覧会と違って撮影可能という条件を生かして少しだけここに記録しておく。
(この後の記事で、アポカリプスについての一考察を具体的に紹介する。)