アポカリプスと福音派とイスラエル右派
前にイスラエルと福音派の関係について記事を書いた。
ネタニヤフが執拗にガザへの攻撃を続け、ガザ全体を掌握するまではやめない、などという姿勢を示したことで、2023/10/7のハマスによるテロへの制裁、というロジックはすでに通じなくなっている。イスラエルに武器を提供するアメリカの立場も次第に微妙なものになってきている。 あらためて見てみよう。 福音派がイスラエルの右派、シオニストたちと結びつく理由は、政治的経済的な複雑な利害や思惑とは別に「神学的」理由がある。 それはディスペンセーショナリズムdispensationalismといわれるものだ。 旧約・新約聖書から今までの時代をアダムの時代、ノアやアブラハムの時代、モーセの時代、ダビデの時代、イエスの時代、キリスト教の時代などに分けて、今はその「キリスト教の時代」が終焉を迎えているとする。 昨今「西洋の終焉」と盛んに言われているものとも呼応する。 で、アポカリプス。 イエスが再臨して千年王国の時代がやって来るのだが、イエスが再臨するのはエルサレムで、千年王国を託されて享受するのはユダヤ人で、キリスト教徒たちは天に昇って神と出会う、と二つに分けられる。
うーん、そもそもは、アポカリプスが地政学的色合いで語られるようになったのが16世紀後半からだ。それから17世紀のイギリスでディスペンセーショナリズムの萌芽が生まれて、19世紀のジョン・ダービーだとか、1909年のアメリカのC・I・スコフィールドなどがその説を洗練させていった。 その結果、ユダヤ人がもともと神から約束されていた土地はすべて回復されなくてはならない、となる。キリスト教徒は永遠の命をもらえるのだから文句はない。
うーん、この世界観にはキリスト教とユダヤ教しかないのか、後出しのイスラム教なんて想定さえされていない? 戦後のマジョリティの日本人として生まれて育った身にはそんなことで市民を殺戮したり飢餓に陥れたりして、世界を危機に導くなよ、と思いたくなる。 カトリックをベースとして共和国の政教分離を作り上げてきたフランスの平均的な世界観からしても「えっ」と思う。(現に共和国を揺さぶっているのはイスラム過激派だからだ。) あるテリトリーが伝統的に自分たちのものだから回復すべきだ、というタイプの帝国主義的発想はロシアや中国にもある。 ローマ・カトリックも迫害の後にキリスト教をローマ帝国の国教として以来、帝国幻想があったかもしれないが、ローマ帝国も滅亡し、「西ローマ帝国」もヨーロッパの権威と権力の闘争のツールと化したが、プロテスタントとの分裂、「新世界(アメリカ大陸)」への拡張などの後で、20世紀にはすべての「領土」を失った。 その後もヴァティカンのみを国家と位置づけて集約した結果、むしろグローバルな視点を得るようになった。ヨーロッパの「世俗化」「共和国化」とも適応、共存してきた。 だから、今さら「最終的な救いは天に昇って神のもとで永遠に生きる」ことだ、と信じてしかもそれを集団のアイデンティティとして「布教」するというのは、日本やヨーロッパのような「旧世界」にとって違和感がある。それでも日本やフランスでも福音派が信者を増やしているのは、社会の世俗化による「霊性の欠如」を満たしたいという人々が増えているからだろう。 日本では明治以降の国粋主義、帝国主義路線の中で一神教のレトリックを駆使した天皇の神格化が行われていたのが敗戦で瓦解したし、フランスでも王権神授を唱えてガリア教会の長となった絶対王権がフランス革命で瓦解した。アメリカのプロテスタントが安定的に「神の加護」や「神の思惑」を信じたり先取りしたりしてきた歴史とは根本的に違う。 しかし、そもそも、新旧約聖書のように歴史的にも文献学的にも複合的なテキストの中から都合のいい部分を抜き出せば、「神の言葉」や「神の約束」をどんな風にでも合成できる。もともとユダヤ人の「民族神」だったヤハウェが、一神教の神になった経緯も今は明らかにされているのだが、それはもちろん「信仰」とは別の次元だろう。 それでも、キリスト教は、迫害され、弟子にさえ裏切られ、見捨てられ、刑死したイエスを神の子とするという特異な出発点から、「汝の敵を愛せよ」のような徹底した和解と共存をベースにしてきた。弟子たちや初期キリスト者たちは、迫害され、地下に潜っても、原始共産主義のような団結を貫いてきたのだ。 新約聖書は旧約聖書の否定ではなく、「成就」だと言われる。 そして今は、ディスペンセーショナリズムは「キリスト教の成就」という新たなステージだと主張するのが福音派で、福音派と同じヴィジョンを共有するのがユダヤ教右派だというわけだ。 とはいっても、旧約をよく読めば、さすがに「創造神」だけあって、別にユダヤ人にだけ全ての権利を与えるなどとは言っていない。 ユダヤ人が戒律を守らずに道を踏み外して享楽にふけったり、他の神を拝んだり、神を畏れぬ傲慢な生き方をするなら「約束の地」が他国に攻められ、他国に捕囚され、故郷に戻れないなどの「罰」を実際に与えている。 「約束の地」について神はこう言っている。
「買い戻す権利を放棄して、土地を売ってはならない。土地は私のものであり、あなたがたは私のもとにいる寄留者か滞在者にすぎない。(レビ記25, 23)」
「もしあなたがたの地で、寄留者があなたのもとにとどまっているなら、虐げてはならない。(レビ記19,33)」
土地は神のものであり、「約束の地」のユダヤ人どころか、地球上の全ての人間は、寄留者、一時的滞在者なので、安全に平和に地球を守っていかなくてはならない。また、自分の土地だと自他ともに見なし見なされている土地であっても、寄留者を追い出したり虐げたりしてはならない。 「神」という言葉は、他者を排し自分を正当化するために使うのでなく、すべての人が神の前で平等であり互いに助け合うという指針として使われなければいけない。
これが正しい、と直感できなかった人々は、弱者を排除したり互いを搾取し合ったりして滅びの道に向かうだろう。 人間が地球環境全体に責任を持つべきだというタイプのエコロジーにもつながる。 爆撃なんて、人命だけではなく、環境破壊の最たるものだ。 平和な千年王国が築けるかどうかは、全ての人が手を取り合えるかどうかにかかっている。
by mariastella
| 2025-06-03 00:05
| 宗教
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