「海の上のピアニスト」というイタリア映画を視聴した。
主人公のティム・ロスはなんだか「スケアクロウ」のアル・パチーノに似ている。
ヨーロッパとアメリカを結ぶ豪華客船は上流社会から新世界に夢をかける一般移民、船底で石炭燃料を扱う乗組員まで2000人を運ぶ「小宇宙」なのだけれど、時には嵐に翻弄される不安定な空間だ。
船の上というのは不思議な世界で、飛行機だと可動域が狭いからもともと「日常」をあきらめて切り離すけれど、豪華客船だと大きな社交場という錯覚に陥る。
音楽のシーンは別として全編は1900と呼ばれるピアニストの「表情」で紡がれている。最初はどうしても、アスペルガー症候群しか思いつかなかった。
「レインマン」でダスティン・ホフマンが演じるサヴァン症候群のことも連想する。
ピアノの天才で、トランぺッターとの友情も結べるけれど、それ以外のコミュニケーションは音楽を通す以外にはできない。
自閉症の音楽教育にも詳しい友人の意見を聞いたら、1900が自閉症だとは思えないという。閉所で生きてきた人間の社会恐怖の心理だろう、例えばずっと島で生きてきた人が大陸に渡るのを恐れるのと同じだ、と。
フランス人からこう言われると、ニューカレドニアやコルシカ島で生まれ育った人がフランス本土に渡るのが怖い、というイメージがわく。
日本だと沖縄だとか小笠原諸島の人が、というものなのか、いや、日本自体が島国だから、日本人が海を越えてユーラシア大陸やアメリカに渡るのが怖い、というイメージなのだろうか。
1900が最初に(最後でもあるが)陸地に降りようと階段を降りていくとき、目の前に広がるのは摩天楼のそびえる大都市だというのも極端だ。20世紀前半にニューヨークに着いたら、その威容に誰でも臆してしまいそうだ。
船の中、そして88鍵のピアノから無限のニュアンスを生みだす魔法のような能力のある人にとって、大都市に林立する高層ビル群のどこに音楽を見つけることができるのかは自明ではないのはよく分かる。
クルーズ旅行の体験は多くないけれど、クルーズの途中で降りる時の足元が少しおぼつかない感覚は記憶にある。
ジャズの先駆者のスターピアニストが1900 に「決闘」を挑むシーンはおもしろい。
あまりにも鍵盤を速く強くたたくので、ピアノの線が熱をもってタバコに火をつけてしまう、というのはあり得ないと思うけれど、効果的な演出だ。
こういうパフォーマンスをしてしまえるという部分は確かに、自閉症ではあり得ないだろう。
異様なシチュエーションでの異様な人物の異様な物語。
思い出語りの構成もラストも印象的で、二度の大戦のあった時代のインパクトも今さらながら実感できる。
視聴して後悔しなかった映画。