革命記念日の前日、マクロンがフランス軍の総帥として演説した。
トランプのアメリカに頼らずに、ヨーロッパは防衛力を増強しなければならない、テロの脅威は消えていず、ロシアは潜在的な脅威で、インド太平洋域(フランスは海外県を持っている)も一触即発の脅威がある、と危機感を煽り、けれども核兵器を持ち、国連の安保常任理事国で、アメリカからの輸入に頼らず高性能の兵器を製造しているフランスは、率先して防衛費(軍事予算)を増やしてリーダーになる使命がある、という感じの演説だ。コロナでもウクライナでも、「戦争だ」と言えば全権を担えるいつもの万能感の全開。
今年は、中国の軍事パレードだけでなく習近平らを招いてプーチンが大々的に戦後80年の軍事パレードをしたし、トランプも自分の誕生日も兼ねて軍事パレードをしたし、もう戦う気満々の示威スペクタクルはたくさんだ、と個人的には思っていた。
でも、1975年から士官学校に女性が受け入れられたり、その他いろいろな分野の未成年を含む「学校」も作られたりしているので、「多様性」を眺めるのは飽きない。
軍産を結ぶDGAなどは女性も多いし、小柄で華奢なインテリ風若者もいるので、いかにも精悍な哺乳類のオスという感じの軍人の中でほっとさせられる。
特に、今は、自分が年を重ねたことで、自分の世代、子どもの世代、孫の世代のような長きにわたって子供が大人に変容していくのを見続けているから、行進している人たちの顔を見ていると、彼らの少年時代、子供時代の顔が想像できてしまうのだ。しかも、「母親目線」になって、若くてかわいい青年が士官として堂々行進しているのを見ると、ああ、親はとても誇りに思うだろう、でも、絶対に前線に送られて戦死などしてほしくない、と思っているに違いない、などと考えてしまう。
歩いて行進の7000人の最後はいつも通り外人部隊で、前にも書いたけれど、メトロノーム120が88に変わるまでの揺らぎがおもしろい。
その後が戦車などの行進で、メカニックに強い解説者がしきりに性能について話していたら、「シークレットの部分があるから全部言っちゃだめです」と中継アナウンサーから注意されていた。
最後が騎馬隊なのだが、騎士が落ちてしまった馬が一頭で歩いて列から離れたり、行進の真ん中で騎士と共に崩れ落ちる馬もいて、驚いた。音楽も止まって、蹄の音がアスファルトに鳴り響く。この道路は馬にとって難路らしいのだが、このサプライズは、後から問題になるだろうなと思うと、馬を制御できなかった乗り手が気の毒になる。
それでも、退役軍人、戦死者、戦傷者の家族を支える「Bleuet de France」の100周年ということでジャン= ジャック・ゴールドマンが著作権なしで作曲した歌がメンバーの若者たちの前で披露されてマルセイエーズで締めくくられたイベントは、フランスらしさもあってまずまず成功というところだろうか。