Q : 回心に至る道はどのようなものだったのですか?
A : アウグスティヌスは、悪について、肉体や欲望について不安を抱えて生きていました。善悪二元論のマニ教徒と出会い、19歳から29歳までマニ教の影響を受けていました。マニ教によるとすべての悪の根源は肉体にだけあるというので、精神的には罪悪感が軽減されていました。けれども、マニ教の指導者たちと出会うにつけ、かれ等の考え方は表層的だと思うようになりました。彼がキリスト教に向かうようになったのは仕事によってです。384年にミラノで修辞学の教師になったのですが、当時のミラノは西洋の首都であり皇帝の居住地でした。
ミラノの司教は聖アンブロジウスで、有力貴族だったにもかかわらずミラノの住民に請われて司教となったという特別な人物でした。聖書の見事な解釈者であり有能な説教師でもありました。雄弁術に興味のあるアウグスティヌスは、アンブロジウスの説教を聴きに行き、その知性に感心し、それまで抵抗のあった聖書の部分がアレゴリックな解釈によって突破されることを知りました。386年には一種の鬱状態になり、洗礼を受けるかどうか迷いました。洗礼を受ければ禁欲的な生き方をして、貞潔を守らなくてはならないが自分にはそれが無理だと思ったからです。
ところが、ある日、イチジクの木の下で泣こうと庭に出た時、子どもの声がして、「手に取って読んでみて」と繰り返すのを聞き、偶然手にしていた「パウロの書簡集」を開くと、ローマの信徒への手紙の13章(13, 13-14)に行き当たりました。
>>日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。馬鹿騒ぎや泥酔、淫乱や放蕩、争いや妬みを捨て、主イエス・キリストを着なさい。欲望を満足させようとして、肉に心を向けてはなりません。<<
これがきっかけになって、387年の復活祭の夜に洗礼を受けたのです。
Sekko : 不思議と言えば不思議な話なのに、なんだか妙な現実感があって納得してしまう。アウグスティヌスほどの知性を持ち、教師という社会的な地位もあって、「放蕩」をする余裕もあった青年なら、聖書を読むだけではキケロの著作ほどには感銘を受けないとしても自然だ。すでにアンブロジウスのおかげで、聖書をアレゴリー風に解釈するなど、その深淵さに気づき心を奪われていた時に、このいわば単刀直入なフレーズに出会った。
それは母のモニカならすでに口にしていた言葉かもしれない。