アンドレ・コント=スポンヴィルと無神論前にアンドレ・コント=スポンヴィルについての感想を紹介した。 その彼のインタビューを最近またラジオで聞いた。 なんだかパセティックな人だと思った。 躁鬱病の母親は何度も自殺未遂をしていたという。最終的には彼が30歳の時に自殺を遂げたけれど、このトラウマは深刻だ。子供の頃に親の自殺を目撃した知人を何人か知っているけれど、病死や事故死や災害や事件の被害者としての死よりも深い傷を残す。 そして彼が人気哲学者なのは、同世代に多い「無神論者」「不可知論者」であることを分かりやすく説明し、そして他の宗教者などともオープンに話すからだ、とあらためて思った。 彼が、子供の頃の親の世代にとっての「普通」の家族行事とし洗礼を受け、要理に通って初聖体を受けるというカトリックのスタンスだったが、サルトルやカミュや哲学書を読むようになって「無神論」に傾いたのは当時のインテリ青年としてよくあることだった。 そもそも、サルトル(プロテスタント)やボーヴォワール(カトリック)もそうだけれど、「神はいない!」というのは一種の「悟り」「覚醒」で解放感、真の自由の獲得という体験になっている。カトリックでいえば第二ヴァティカン公会議以前の教育で、要するに、宗教教育が「何々してはいけない」という禁止、「何々しなくてはならない」という強制がデフォルトだった時代だ。子供たちにはそれを守らないと「罰が当たる」というタイプの恫喝に感じられたかもしれない。(それは別にキリスト教だけでなく、「いうことを聞かないと単に叱られるというのでなく罰が当たる」と脅すことは、昔はどこでもあったように思う) だから、「罰を下す」神が「実は存在しない」というのはそれこそ「啓示」を受けて蒙昧が解けたという感動だったのだろう。 時代が変わったなあと思うのは、そうやって「教会離れ」どころか「無神論」や「不可知論」を掲げる世代の親の元で育った子供たちが、中等教育でキリスト教と出会い、自ら洗礼を受けるケースが増えたことだ。マクロン大統領がいい例だろう。(それでも、昔の「要理」と違い、他罰的でないから、マクロンは子供三人の母でありながら離婚した女性と結婚している。)ただし、「宗教に反発する」という免疫のない世代は、「ゆるい」カトリックとの出会いなら「リスク」は少ないにしろ、カルト宗教や、イデオロギー色の強い宗教などと出会って「過激化」するなどの例も生まれるようになった。 アンドレ・コント=スポンヴィルの世代でカトリック離れしたフランス人の一部は「仏教」に向かった。その時に必ず言われたのは「仏教は宗教ではなく哲学だから」という(言い訳めいた)言葉だった。私はその度に、「冠婚葬祭を受け持っているのは宗教ですよ。」と言いたいのを我慢していた。 確かに、仏教はインドがルーツだけれど、大乗や小乗や、さまざまな開祖が残す文書によって宗派が分かれたし、日本に入ってからもいろいろな宗派が生まれたけれど、キリスト教圏のような形の「宗教戦争」にはなっていない。自然神道や先祖崇敬もいつのまにか習合してしまった。この「多神教」的心性が、政治的理由で欧米由来の一神教に無理やり変換されたのが明治以来の「国家神道」で、「富国強兵」のベースとなり、さらに20世紀に英米との戦争に突入すると過激化した。でも、もともと「一神教的」メンタリティがあるわけではないから、戦後生まれの私の世代の前には「お宮参りに七五三にクリスマスに町内のお祭りに神前結婚、教会ウェディング、葬儀での読経」などの風景が違和感なく広がっていた。 一神教文化圏との根本的な違いは日本にいると想像できなかった。 フランスはフランス革命で一度は表向きキリスト教を捨てたし、1968年の五月革命などで世俗化していたから、パリに来た日本人にとって宗教的なプレッシャーはなかった。教会などは観光対象でそれは京都や奈良の寺社と同じ感覚だった。 しかも、フランスのカトリックは特に、各地の民間信仰や「神」や聖地に「聖人」崇敬を割り当てていたからそのフォークロリックぶりに違和感がなかった。 そのような「一神教にあるまじき聖人や聖遺物崇敬」を「正した」のがプロテスタントであり、「無神論共和国」だったわけだ。一神教のあり方をめぐって血が流された。 そんな歴史があったから、知識人やら哲学者が信仰やら信心やら宗派への帰属についてこだわったり思い悩んだり離反したりしたのも無理はない。 しかし、時代は変わり、今のフランスではマクロンのさらに次の世代になると、もうあまりいろいろな葛藤がなくなって、フラットになっている。 自分自身が齢を重ねて観察できたことはとても興味深い。祖父母の代のことも覚えていたり聞き伝えられたりしたのでリアルだし、父母の世代、自分の世代(アンドレ・コント=スポンヴィルの世代)、次のマクロンの世代、そして今の若者や子供まで、生徒や生徒の親たちも通して具体的に見てきたから、どんどん「歴史」が豊かになっていく。(もちろん実際に知っているのは日本やフランスの大都市圏だけだけれど、想像力は鍛えられたと思う。) あらためて、一神教文化圏と多神教文化圏における「無神論」について考察してみたい。
by mariastella
| 2025-08-14 00:05
| 哲学
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