ショパンのワルツ Op.64-2
6月に、今うちに残っている3台のピアノを久しぶりに調律してもらった。
聖徒のレッスン室でない方のプライベートのサロンにあるアップライトは唯一の日本ブランドのピアノで30年以上前に新品で買ったもの。 調律してもらったので、夏休み、毎日ピアノに向かうことにした。 ギターやヴィオラはケースから出して調弦して譜面台を立ててという手間があるけれどピアノはその前に座ればそれで済む。 ずいぶん久しぶりにショパンの一番お気に入りのワルツ、Op64-2を弾くことにした。 このワルツは最後の音が一番高音のドのシャープなので、ここの音程が少しでも不安定だと弾きたくなくなる。調律してもらったおかげでこの最後の音にたどりつくまでを満喫している。 私のお気に入りの音楽と言えばもちろん、フランス・バロックでラモーやミオンやデュフリィやビュリィらだけれど、彼らの曲をチェンバロで弾くことはほとんどない。ヴィオラとピアノで弾くのが好きなのは、やはりバッハ。ピアノに限定すると、やはりベートーベン、モーツアルトのソナタ類。そしてシューマン。ショパンはワルツとかノクターンを中心に少し。 で、その中でも、ショパンのOp64-2は特別だ。 前にも書いた気がするけれど、15歳の時、当時すでに80歳近かったアルトゥール・ルービンシュタインが日本公演に来た時に聴きに行った。テクニックの衰えというかミスタッチがあったことを批評する人もいたけれど、私にとっては夢の世界の音楽のようだった。 で、アンコール。突然弾きだしたのが、ショパンのこのワルツだった。 その時、最初のたった4小節で、彼の故国であるポーランドへの思いや、ショパン自身の思いがまるごと伝わってきた。すべてがすでに想起されていて、後は水の流れに身を任せているような気がした。 そして、なんと、この曲は、そのコンサートの他の演目(協奏曲中心)と違って、当時の私でも弾ける唯一の曲だったのだ。うちに帰ってすぐに楽譜を引っ張り出して弾いてみたのはもちろんだ。 ところが、何の奇跡も起こらなかった。 それ以来、あの4小節は何だったのだろう、と自問し続けてきた。 40年くらい前になるだろうか、フランスで最初に手に入れた中古ピアノでこのワルツを弾いていたら、ファのシャープの音が出なくなった。絶対に、避けては弾けないキイだ。あせって、職業別電話帳を引いた。調律師のところに、ソボトニクという名を見つけ、ポーランド人だと思ってすぐに電話した。 ドアのベルが鳴った時、少し心配だった。一人でいる時にまったく知らない人をうちに入れるのだから。ドアを開けると、ヨハネ=パウロ二世に似た顔を見て、ああ、やっぱりポーランド人だとほっとした。 私はショパンのこのワルツを弾いていたからどうしてもすぐに直してほしかったのだと言って、ルービンシュタインの話をした。するとソボトニクさんは、ルービンシュタインがパリで公演した時に自分が呼ばれて調律した、と言う。ポーランドつながりで自然な話だ。 後にソボトニクさんはこの古いピアノを全面的に修理し、その後も私のアソシエーションのためのピアノも提供してくれた。彼が完全にリタイアするまで、生徒たちのうちのピアノの調律にも彼を勧めた。 で、多分もう25年くらいになるだろうか、ある時以来、私は「あの4小節」を再現することができるようになったのだ。 テクニック的に難しいわけではないが、ようやく、4小節でショパンに出会い、ショパンのポーランドをすべて想起でき、ショパンと二人きりでいるような気がした。 最初の4小節が展開し、そして最高音のドのシャープ。 ルービンシュタインとソボトニク。 私は暗譜も超苦手だし、人に聴かせるような腕もない。難曲や速度の速い曲やパッセージは、とても維持できない。でも、このワルツを弾いている時だけは、15歳のあの日のあのホールの、ルービンシュタインのあの4小節と一体になれる。 音楽は消えていくけれど、何度も何度も「召喚」できる。この贅沢さ、この幸せを、非力ながら生徒たちに分けてあげたい。 「音楽は分かち合う時に最も美しい」ということを一人でも多くの人に知ってもらえますように。
by mariastella
| 2025-08-12 00:05
| 音楽
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