『「社会」の底には何があるか』菊谷和宏(講談社選書メチエ)を読んで『「社会」の底には何があるか』菊谷和宏(講談社選書メチエ)を読んだ。 著者が50代でがんを発症、手術、苦しい治療を経て、転移再発、その後また再々発などという経緯を読んで驚き。 内容は明快で、 「殺すなかれ」 「他者との対話を断つなかれ」 の二つの呼びかけとなっている。 殺すなかれというのは、生きて傍にいる人間を、いないかのように「見ない」「見捨てる」ということで、同時に、生前は傍にいてもいなくても、ある人の記憶を自分の生に組み込んで糧としていこうというものだ。(そうすれば「死」は存在しない) 「対話を続ける」というのもこのことの言い換えだ。私たちは実は時間や空間をも超えて生かしあっているということを認識すれば、その中で自律的な意志を持って、他者との「生き方」とすり合わせながら、多様性における自由を生きることができる。 著者の思想の出発点になっているのがデュルケムやベルグソンなどフランス系で、その底にあるカトリシズムも把握しているので、私にとってはとても分かりやすく共感できる考え方だ。 私も同じことをこれまでいろいろな形で書いてきた。『自由人イエス』の翻訳の後書きで提示した「自由他在」もまさにそうだ。(これを展開したものをまだまとめていないのが残念だ。) で、この本の主張には全面的に賛成なのだけれど、「日本人の国民性」という部分(p154~)には半生記フランスで暮らす私には全面的に同意できないところがある。 国民性というのは人が置かれた自然的・社会的諸条件(気候風土や人的経済的文化環境など)によって培われたもので、ある国民に固有の性格、性質であるというのはよく分かる。
「おおらかに時を過ごす外国に移住した日本人は、最初のうちこそショックを受け戸惑うものの、次第に現地の人と同じ時間感覚を身につけていく。逆に、おおらかな国から日本に来た外国人は徐々に律義になっていく。いずれもその時に与えられている環境条件・生活条件に適合した行為様式を学んだだけのことだ。そうしなければその土地で支障なく日常生活を送ることができないのだから、当たり前だ。」
この部分、この本を手に取って読むような読者にとっては納得のいくレジリエンスだろう。 けれども、自国内であろうと血のつながった家族の中であろうと、環境条件、生活条件に適合できない人間というのはいつも存在する。多くの「発達障害」や「アスペルガー症候群」の人たちを考えただけで「レジリエンス」というものがほとんど特権的な能力に見えてくる。 いや、一昔前までの共同体では、「国民性」を共有できないこのような不適応者たちは切り捨てられ淘汰されることが多かっただろう。今は彼らの「適応障害」に名前がついて、対策や支援、互助が広がってきたのは進歩だけれど、逆に、今まで見過ごしてきた「無理をしないと適応できない人」の多さに驚かされることになる。 メンタル以外にも、身体的な「障碍」や病気を抱えている人はなおさらだ。 いつも「援助される方」「世話を受ける方」に属していることで生ずる力の勾配から自由になるのは難しい。 (それこそ、相対的弱者こそがイエスであり、相対的弱者に手を差し伸べることが「救い」の唯一の条件だというマタイ25,34-40 のように勾配を転倒させる必要がある。20世紀にそんなことの実践を「見える」化していたのはマザー・テレサくらいだった。)
半世紀前に日本からフランスに「移住」した日本人の中には、「日本の国民性」に適応できなかったのでフランスにやってきたという人も少なくなかった。フランスの国民性が肌にあったというより、干渉されない、あるいは外国人だからもともと別枠だし、比較の対象にされないという環境ががサバイバルに適していたのだろう。
もう一つの問題がある。 外国に移住する人々が、移住先の環境条件・生活条件に適合した行為様式を学ぶとは限らないことだ。メンタルやフィジカルな「障碍」のせいではなく、出身国の歴史観やイデオロギーの性格や強さによるものだ。 移住地でも、出身国の強力な共同体を形成することさえできれば、出身国の習慣を変えなくとも、ダブルスタンダードを自然につくって、支障なく日常生活を送ることができる。 といっても、出身国と移住先との経済格差、歴史の軋轢(過去の植民地、独立戦争、虐殺など)がある時には、ことはスムーズではない。 今のフランスが抱えているように、過去の植民地(特に北アフリカ)のイスラム文化圏で、武力も伴うジハード思想を抱いているグループが移民先で共同体を作り、政治的ロビーを形成する場合がその一例だ。彼らは、「全ての他者を「社会的個人」として対等に意見を交わし合い、相手を知ろうとし、創り合い、生かし合う」などという思想とは対極のところで生きている。(それは各種の宗教的、政治的なカルトの場合も同じだ。) フランスで極左も取り込んだイスラムの過激思想は、フランスにシャリーア法を根付かせる理想をはっきりと打ち出している。フランスをイスラム文化圏に取り込もうとする。移民人口増加による票田の広がりがそれを支える。 今の世界では、「西洋列強」による過去の帝国主義や植民地主義が反省され謝罪されてきたように見えるが、実はそれも「西洋」内部の自己批判、自己満足の域だ。 「移住先を乗っ取る」思想(力で、あるいは数で)は、今もあらゆるところで生きている。
菊谷和宏さんの本を読んで、「よし、私も、与えられた生の中で私を生かして、自由な人間として充実して生きよう」などと思える人は、実は、限りなく少ないのかもしれない、と思ってしまう。 でもそのポテンシャルがありながらエゴイズムと衆愚現象がはびこる社会で逼塞している人達にとっては、貴重な「希望の書」であることは確実だ。 だから、がんによって自分の未来を脅かされながらも、菊谷さんの「死」は絶対に訪れない。
by mariastella
| 2025-08-11 00:05
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