この本は、二人の若い修道士見習いが、ある夏にフランスのマッシフサントラル(中央山塊)の700kmを、一ヶ月かけて、金を持たずに、(もちろんクレジットカードも使わず)、基本的に野宿もしないで、宿や食事を「恵んで」もらいながら踏破した時の記録。
筆者は英仏ハーフで、子供の頃からいろいろな国で過ごし、根無し草で、一ヶ所に留まるのが落ち着かない性格になった。
「放浪」が好きで、イエズス会士になろうとしたけれど、ジャイロバグが頭をもたげて来て、仲間と何も持たないで旅立つ冒険を試みた。ジャイロバグというのは定住せずに各地の修道院を渡り歩く修道僧の意味だ。
フランス語のGyrovagueというのが日本語で何というのか検索したが出てこなかった。(ジャイロバグという言葉はあるが、ゲームのコントローラーを使ったテクニックみたいなものが出てくる。)
彼らは出発した時に6€(100円くらい)しか持っていなかった。すぐに食料に消えた。
後は、主に、知らない人の家に寄って、その日の糧と寝床を提供してもらうという「冒険」だ。今の時代、なんだか、物乞いよりも難しそうだ。
聖書の中にイエスが72人の弟子を遠くに使わした時、
「行きなさい。私があなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊を送り込むようなものである。」といいながら「財布も袋も履物も持って行くな」(ルカによる福音書10)に倣ったのだろう。
シャルル・ド・フーコーのことがたくさん出てくるらしい。(これを書いている時点では未読)
フーコーは砂漠に隠遁した時に、「福音宣教」できなかった。周りのムスリムであるトゥアレグの人たちは普通に暮らしていて「回心」やら「改宗」を必要としていなかった。ある時、フーコーが病に倒れ、その時にミルクなど持ってきて看病しに来てくれたのはトゥアレグの女性だった。それ以来、フーコーは誰もキリスト教化しないまま彼らの中で暮らし、隠遁所を襲われて殺され、後に列聖された。
それにしても、夏にマッシフサントラルを縦断する若者2人(しかも実は超エリートだから礼儀も正しいだろう)が手ぶらでやって来るのを泊めた人たちがいることは、ある程度は想像できる。修道士見習いだというのも大きいだろう。
そして、なんだかんだ言っても、地方なら、まだ、イエスの教えの根幹である救いの条件の記憶が残っているかもしれない。
マタイによる福音書25章に出てくる「私が飢えていた時に食べさせ、喉が渇いていた時に飲ませ、よそ者であったときに貸し」たものは天国に行けるというやつだ。
誰かに手を差し伸べてもらえるのを待っているすべての人の中にイエス自身を見るというものだ。
(私の子供時代には托鉢僧が時々やってきて母がお米を分けていた。
今の私は、現金を持ち歩かない人が多い時代なので、メトロや道端にいる人に渡すために小銭を別にして持ち歩いている。多少とも余裕のある人がない人を助けるというのは少なくとも平和な社会では普通にあったし今でもあるとは思う。)
でも、パリやパリ郊外のような場所では、いくらフランシスコ教皇からシリアの難民家族に住むところを提供しなさいと言われた所で、可能性すら頭をかすめなかった。
ましてや見知らぬ若い男二人に一夜を提供するなんてあり得ない。
だからこの二人の冒険譚にはとても興味がある。
誰でも、本当は、助け合い、見知らぬ人にすら手を差し伸べるのが普通であるような社会を夢見ているのだと思いたい。
(レオン14世は、広島の被爆80年の記念の日によせて、「武器のない平和、武器を捨てさせるような平和」をあらためて口にした。日本のカトリック中央協議会の訳では「武器を取り除く平和」とあるが、ニュアンスとしては、誰もが持っている武器を無用なものとして捨ててしまうような社会、という意味だ。
誰もが誰もに「警戒心を捨てさせる」ような平和が欲しい。